カテゴリー「映画」の記事

2007/10/21

『マリー・アントワネット』

Dvdmarie ▼ソフィア・コッポラ《マリー・アントワネット》
(米、仏、日、2005)
Sofia COPPOLA, MARIE ANTOINETTE

わずか14歳で単身オーストリアからフランス王家へ嫁ぎ、18歳で即位した王妃マリー・アントワネット・・・そのマリーの心の軌跡を描いたソフィア・コッポラの作品。あまりにも幼かった少女から、妻となり、母となり、やがて国民の怒りを買い、身の破滅を招くまでの様子が浮遊感あふれるタッチで描かれている。骨太な歴史映画ではないので、浅い、といえば、浅いが、きわめて繊細に練り上げられた女性的な映画だ。バロックからロックまで、背景を彩る音楽も実にポップで、みずみずしい。

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2007/09/29

『河』

Dvdriver ▼ジャン・ルノワール《河》(米、1951)
Jean RENOIR, THE RIVER

フランス映画界の巨匠、ジャン・ルノワールが初めて撮ったカラー作品。舞台はインドのガンジス河流ベンガル地方。いちおうストーリーはあるものの、この映画の主役は、題名にあるとおり、「河」そのもの。というわけで、光に溢れた悠久の大河の美しい映像とともに、多感な少女たちの恋や絶望、そして明るい未来とを垣間見せてくれる。詩情豊かな傑作だ。

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2007/08/28

『熊座の淡き星影』

夏休み・特別研究レポートNo.4(最終回)

Dvdkumaza ▼ルキノ・ヴィスコンティ《熊座の淡き星影》
(イタリア、1965)
Luchino VISCONTI, VAGHE STELLE DELL'ORSA

クラウディア・カルディナーレ(サンドラ)
ジャン・ソレル(ジャンニ)
マイケル・クレイグ(アンドリュー)
レンツォ・リッチ(アントニオ・ジラルディーニ)
マリー・ベル
フレッド・ウィリアムソン
アマリア・トロイアーニ

監督:ルキノ・ヴィスコンティ
製作:フランコ・クリスタルディ
脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ
   エンリコ・メディオーリ
   ルキノ・ヴィスコンティ
撮影:アルマンド・ナンヌッツィ
音楽:セザール・フランク
美術:マリオ・ガルブリア
編集:マリオ・セランドレイ
衣裳:ビーチェ・ブリケット

熊座の淡き星影よ
再び会えるとは思わなかった
昔と同様輝くお前たちに
幼いころに暮らした館の窓辺でお前たちを見て
私は喜びの終焉を知る

ジャコモ・レオパルディの詩『回想』の一節がモチーフとなったヴィスコンティの作品。ギリシャ悲劇に題材を取りつつ、ミステリアスな姉と弟の禁断の愛を描いている。つまりは、ヴィスコンティ流「報われぬ愛」の決定版、というわけ。もうお腹いっぱい(笑)。

セザール・フランクのピアノ曲に導かれて、重苦しい雰囲気が全体を支配しているせいか、ここで見るヒロインのカルディナーレはあまり魅力的とは思えない。こんなストーリーで行くのなら、もっと女性を綺麗に撮ってほしいところだけれど、ヴィスコンティにその意思はないようだ。なんとも特異な映画監督だなあ、ヴィスコンティって!

CineKen2-FORUMのアーカイヴもご参照下さい。こちらです。

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2007/08/18

『ルートヴィヒ 神々の黄昏』

夏休み・特別研究レポートNo.3

Dvdludwig_2 ▼ルキノ・ヴィスコンティ《ルートヴィヒ 神々の黄昏》
(伊、西独、仏、1972)
Luchino VISCONTI, LUDWIG

ヘルムート・バーガー(ルートヴィヒ)   
ロミー・シュナイダー(エリザベート)   
トレヴァー・ハワード(ワーグナー)   
シルヴァーナ・マンガーノ(コジマ)
アドリアーナ・アスティ
ソニア・ペトローヴァ
ジョン・モルダー=ブラウン
マルク・ポレル
ゲルト・フレーベ

監督:ルキノ・ヴィスコンティ   
製作総指揮:ロバート・ゴードン・エドワーズ   
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ   
        エンリコ・メディオーリ   
        スーゾ・チェッキ・ダミーコ   
撮影:アルマンド・ナンヌッツィ   
音楽:フランコ・マンニーノ   

19歳の若さでバイエルン国王の地位に就いたルートヴィヒの半生を描いた大作。豪華絢爛な演出には唖然とするしかない。主役のヘルムート・バーガーの一世一代の演技も見ものだけど、この映画の眼目は私はエリザベートだと思う。ロミー・シュナイダー、最高!それにしても、ヴィスコンティというのは、報われぬ愛というのが大好きだよねえ(笑)。

ルートヴィヒが報われなかったもう一人の対象、それがワーグナー。映画で見る限り、酷い人間ですね、この大作曲家殿は。ヴィスコンティ、ワーグナー作品の演出をしないはずだ(笑)。

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2007/08/04

『白夜』

夏休み・特別研究レポートNo.2

Dvdbyakuya ▼ルキノ・ヴィスコンティ《白夜》
(イタリア、1957)
Luchino VISCONTI, LE NOTTI BIANCHE

マルチェロ・マストロヤンニ(マリオ)
マリア・シェル(ナタリア)
ジャン・マレー(恋人)
クララ・カラマーイ(娼婦)
ダーク・サンダース

監督:ルキノ・ヴィスコンティ 
製作:フランコ・クリスタルディ 
原作:フョードル・ドストエフスキー 
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ 
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 
音楽:ニーノ・ロータ

ドストエフスキー原作。詩情たっぷり、というか、どっぷり浸かった恋愛譚。1年後、同じ日、同じ時間、同じ場所でまた会おうといって恋人が去っていったら、あなただったら待ちますか?わたしは待ちます・・・という映画。すべてが起こるのは夜。待つのは女。それを見守る一人の男。女は不安で心が揺れ動き、男を避けて鶏小屋にまで逃げ込む。だが男は諦めない。次第に心を通わせる二人。男の愛は報われるかに見えた。だが、諦めかけていた女の前に突然恋人が姿を現す。取り残される男・・・。

報われぬ愛を求めるマリオ役のマストロヤンニもいいけれど、この映画はやはりマリア・シェル。その登場から幕切れまで、純情な乙女、ナタリアを演じ切り、走り去っていく。恋人が現われるのをひたすら信じ、でも、どうしようもない不安にかられる・・・その危うい心情をマリア・シェルが全身で表現していて、見事です。

恋人の話が虚構なのか、ナタリアの話が虚構なのか、その二重の虚構性の罠を仕掛けておいて、ぎりぎりまで引っ張り、マリオに希望の光を垣間見せながら、大詰めで一気に引っ繰り返す。あまりにも残酷な結末。ヴィスコンティは、やっぱり哀しい。

*CineKen2-FORUMのアーカイヴはこちらを参照のこと。

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2007/07/21

『夏の嵐』

夏休み・特別研究レポートNo.1

Dvdnatsunoarashi ▼ルキノ・ヴィスコンティ《夏の嵐》
(イタリア、1954)
Luchino VISCONTI, SENSO

アリダ・ヴァッリ(リヴィア・セルピエリ伯爵夫人)
ファーリー・グレンジャー(フランツ・マーラー軍曹)
ハインツ・モーク( セルピエリ伯爵)
マッシモ・ジロッティ(ロベルト・ウッソーニ侯爵)
リナ・モレッリ(小間使いラウラ)
クリスチャン・マルカン(ボヘミア士官)
セルジョ・ファントーニ(ルカ)
ティノ・ビアンキ(メウッチ将軍)
アーネスト・ナドハーニー(ヴェローナ市広場監督官)
トニーノ・セルワート(クライスト将軍)
マルチェッラ・マリアーニ(娼婦クララ)
クリストフォロ・デ・ハルトゥンゲン(ハウプトマン将軍)
マリアンヌ・リーブル(将軍の妻)
アニータ・チェルクェッティ(レオノーラ: 《イル・トロヴァトーレ》)
ジノ・ペンノ(マンリーコ: 《イル・トロヴァトーレ》)


監督:ルキノ・ヴィスコンティ
(助監督:ディノ・リージ、フランコ・ゼフィレッリ、ジャン=ピエール・モッキー、アルド・トリオンフォ、ジャンカルロ・ザーニ)
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、スージ・チェッキ・ダミーコ、カミーロ・ボイト、カルロ・アリアネッロ、ジョルジョ・バッサーニ、ジョルジョ・プロスペリ、テネシー・ウィリアムズ、ポール・ボウルズ
撮影:ロバート・クラスカー、アルド・グラツィアーティ
音楽:アントン・ブルックナー(《交響曲第七番》:フランコ・フェラーラ指揮イタリア放送管弦楽団)、ジュゼッペ・ヴェルディ(《イル・トロヴァトーレ》)
編集:マリオ・セランドレイ
音響:アルド・カルピーニ、ヴィットリオ・トレンティーノ
美術:オッタヴィオ・スコッティ(セット:ジノ・ブロージオ;衣裳:マルセル・エスコフィエ、ピエロ・トージ)

ヴィスコンティ特集の初っ端は《夏の嵐》。だが、いきなり失敗したなと思ったのは、この映画、DVDなんかで見るべきものじゃないな、ということを強く感じました。「映像美」なんて言葉が陳腐なぐらい、構成感のある美しい映像に、ブルックナーの7番。こういうのはやはり映画館のスクリーンで見てこそでしょう。その切迫感が違う。というわけで、テレビの画面では正直苦しかったです。

前半の舞台になるヴェネツィアは個人的にも行ったことがある場所なので、郷愁を覚えます。とりわけ、冒頭のフェニーチェ歌劇場!とはいっても、火事で消失してしまう前のこの歌劇場には実際には一度も中に入ったことがなかったのですが。というか、その建物の前にも立ったことがない。なにせ、道が分からず、たどり着けなかったもんで・・・(恥)。というわけで、憧れのフェニーチェでの《トロヴァトーレ》の舞台をしばし疑似体験。これが面白いですねえ。生き生きとした舞台。それを伝える映像。ブライアン・ラージよ、これを20年ぐらい毎日繰り返し見なさい!(笑)そしてビラが劇場で乱舞するシーンの鮮やかさときたら!のっけから見るものをフィルムの中に引きずり込むヴィスコンティの魔術がそこにあります。

ストーリー的にはとことんメロドラマしていますが、ヴェネツィア貴族の伯爵夫人であるリヴィアと、占領軍であるオーストリア=ハンガリー帝国の青年将校、フランツとの道ならぬ恋。ともに衰退に向かいつつある者同士の危うい関係が語られていきます。その中で、たった一つの言葉のやりとりで、その人物たちが置かれている状況や人間関係までがあらわになってしまいます。

リヴィア:「ヘアピンを取って」
フランツ:「奥様、私は召し使いではありません」

貴族としてのリヴィアの支配願望と、軍人としてのフランツの独立志向とが刹那的に激しくぶつかり合う印象的な瞬間です。世の中にも多く見られる、お嬢様族のいいなりになる僕(しもべ)みたいな男たち。ああいう関係には絶対この二人はなりません(笑)。もともとこの二人、最初に言い寄ったのはフランツのほう。リヴィアのほうは相手にするつもりはなかったけれど、やがてフランツと深い関係を持つ。そうすると、リヴィアはフランツを支配しようとする。が、フランツは名うてのプレイボーイ。そうそう簡単には言いなりにならない。というわけで、この二人の緊張関係がこのメロドラマの推進力になっています。そして最後に待つのは、男の死。それも、リヴィアの密告による銃殺刑。これは《トスカ》の逆ヴァージョンみたいなものでしょう。滑稽で、かつ恐ろしい人間たち・・・。ヴィスコンティは哀しい。

*CineKen2-FORUMのアーカイヴをご参照下さい。こちらです。

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2007/05/18

『ハメット』

Dvdhammett ▼ヴィム・ヴェンダース《ハメット》(アメリカ、1982)
Wim WENDERS, HAMMETT

製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ
監督:ヴィム・ヴェンダース
原作:ジョー・ゴアズ
脚本:ロス・トーマス、デニス・オフラハティ
音楽:ジョン・バリー
美術:ディーン・タブラリス
衣裳:ルース・モーリー

ハメット:フレデリック・フォレスト
ジミー・ライアン:ピーター・ボイル
キット・コンガー:マリル・ヘナー
クリスタル・リン:リディア・レイ

フランシス・フォード・コッポラの製作総指揮の下に作られたヴィム・ヴェンダース監督のハリウッド映画。ハードボイルド小説の元祖、タジール・ハメットを主人公にしたジョー・ゴアズのベストセラー小説《ハメット》を映画化したもの。1930年代の禁酒法時代のサンフランシスコを舞台に、失踪した中国娘を追ううちに巨大な陰謀に巻き込まれていく探偵上がりの小説家、ハメットの活躍を描く。

主役のハメットを演じているフレデリック・フォレストがとにかくシブイです。いかにもハードボイルドしています。粋だよねえ(笑)。この時期、乗りに乗っているヴェンダース監督の細部にまで徹底的にこだわった演出も見事。ハードボイルドを描きながら、そこはかとなくヴェンダースの世界観が構築されていきます。ジョン・バリーの音楽も秀逸で、全体が極上のエンターテインメントに仕上がっています。タイプライターを使ったラストがまたかっこええ!できれば、夜、ウィスキーでも飲みながら見たい映画ですね(爆)。

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2007/05/13

『カルメン』

Dvdcarmen ▼セシル・B・デミル《カルメン》(アメリカ、1915)
Cecil B. DeMille, CARMEN

製作・総監督・脚本:セシル・B・デミル
原作:プロスペル・メリメ
脚本:ウィリアム・デミル
美術:ウィルフレッド・バックランド
音楽:ジョルジュ・ビゼー
編曲:ヒューゴ・リーゼンフェルド

カルメン:ジェラルディン・ファーラー
ドン・ホセ:ウォーレス・リード
エスカミーリョ:ペドロ・デ・コルドーバ 
パスティア:ホーレス・B.カーペンター

DVDにて鑑賞。後に《十戒》(1956年)を生み出すハリウッドの巨匠、セシル・B・デミル監督がそのデビュー直後の1915年に撮ったサイレント映画の復元版だ。当然白黒で、イーストマン写真映画博物館に保存されていたデミル監督本人の所有のプリントを使っているが、監督自身の指示書に従って画面全体に着色を施している(赤みがかった画面、とか、青みがかった画面、とか、その程度の単純な処理だが、これがなかなかどうして雰囲気がある)。1915年の公開当時、上映にあたって楽団が演奏していた随伴音楽も楽譜が見つかって復元され、その演奏が付いているが、歌曲も数箇所挿入されている。カルメン役のジェラルディン・ファーラーはこの当時のオペラ界の大スターであるが、映画本編とは別に、このファーラー自身が歌う「ハバネラ」、「セギディリャ」、「フィナーレ」が(映画からの)映像付きで収められている。

その本編はというと、これが強烈なストーリーになっている。出だしは海のシーンで、海を見下ろす高台から男が合図を出し、密輸団の一味たちが波に悪戦苦闘しながら小船で上陸する映像から始まる。その後、海岸に上り、野営地までやってきた一行は、「新しく来た若い伍長は金で動かないシブトイやつだ」なんて話をするが、そこに、「あら、そんなのわけないわ。わたしが女の武器を使えばイチコロよ」なんていうジプシー女が。これがカルメン(笑)。妖艶で官能的なカルメン・ショーがこうして始まるというわけ。

あとは省略するが、音楽も自由に継ぎはぎしているので、その展開もあっち行ったり、こっち行ったり、と、かなり目まぐるしい。ちなみに、ミカエラなんか出てこない。何はともあれ、最初からカルメンが下心丸出しでドン・ホセに迫っていくので、ちょっとお下劣なのは致し方ないところ。大仰な演技はいかにもサイレント映画らしいところだが、同時に、オペラ的、とも言える(笑)。流し目がいやらしいファーラーではあるが、映像とはいえ、その姿を拝むことができて、本当に光栄です(爆)。

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2007/04/30

『夏物語』

Dvdconte_dete ▼エリック・ロメール《夏物語》
(フランス、1996)
Eric ROHMER, CONTE D'ETE

例によってストーリーその他の解説はCineKen2-エリック・ロメール特集におまかせします。こちらです。

ブルターニュの海に面した街でひと夏を過ごす若者たちの出会いと別れ・・・といったら、普通その間に激しく、かつ悲しい恋の物語が展開されると思うでしょうが、「アクション」を起こさないことで有名(?)なロメールがそんな陳腐な映画を撮るはずがありません。ここでも、院生同士のインテリの男女が、くっつきそうでくっつかないまま、ただしゃべり通します(饒舌の度合いはやや抑え気味ではありますが)。そこに他の女性二人が絡んできて・・・でも、結局なにも起こらない(笑)。そう、ディスクールがドラマ、ディスクールこそがアクション!(爆)これだけ分かっちゃえば、ロメールについてはもう十分なのかもしれません。ブルターニュの民俗風習を研究しているヒロイン、マルゴを演じているアマンダ・ラングレが実にいいです。他の二人の重要な女性たちよりも、とにかく彼女に惹かれました。僕はあなたに付いていきます(爆)。それにしても、そんなアマンダに見送られて連絡船で去っていく主人公ガスパール役のメルヴィル・プーポー君、おいしい役どころだなあ、オイ!

この映画は、とにかく、ノスタルジックな郷愁が全体を支配しているので、自分の青春時代を回想させる映画でもあります。私も、学生時代の夏休み、初めてロンドンに行ったとき、宿泊先として使ったのがヴィクトリア・ステーションそばの元は病院だったという建物で営業していたホステル。そこの大部屋で知り合ったスイス人の妙齢の女性と私はとても仲良くなり(男女同部屋だった!)、ある日の午後、デートの約束まで交わしたんだけど、結局彼女の都合でそれが実現しなかったので、夜宿舎で延々と謝られた。綺麗な上に真面目で素直ないい子だったなあ・・・。どうしているかなあ、彼女、今頃・・・(遠い日を見つめる目w)。うん、これも青春だ!そしてこれもまた、なにも起こらなかった!ロメールしてるな、オレ(爆)。

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2007/04/22

『手紙』

Dvdtegami ▼生野慈朗《手紙》(日本、2006)

東野圭吾原作。弟、直貴(山田孝之)の大学進学費用を作るために、誤って殺人を犯してしまった剛志(玉山鉄二)は無期懲役の刑で収監されてしまう。それ以来、直貴は犯罪者の弟として世の差別に晒されることになる。そんな弟に剛志は獄中から手紙を送り続けるが、直貴は度重なる悲劇に絶望していく。耐え切れず自暴自棄になる直貴を、深い絶望の底から救ったのは、かって同じ職場で勤めていた由美子(沢尻エリカ)の存在だった。しかし、そのささやかな幸せが再び脅かされるようになったとき、直貴は重大な決意をする・・・。

最近見た邦画の中では(といっても、少ないけどw)群を抜く出来の作品だと思う。少々展開が見え見えのところがあるものの、無理のない流れの中で見るものを引きつけながら、クライマックスまで一気にもっていくところなんかは、なかなか上手い。湿り気たっぷりのお話の中に「漫才」を取り入れて風通しをよくして、最後にはちゃんとカタルシスもある。人物描写がちょっと表面的すぎる嫌いはあるが(とくに由美子!)、いい映画を見たなあ、そんな気にさせてくれる佳作だ。見終わったら、あなたも「手紙」を書きたくなるかもしれません(?)。まだ見てない人はレンタル・ショップへGo!(笑)

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2007/04/20

『ヒズ・ガール・フライデー』

Dvdhis_girl_friday_2 ▼ハワード・ホークス《ヒズ・ガール・フライデー》
(アメリカ、1940)

LDによる上映会にて視聴。シカゴ・エグザミナー紙の敏腕女性記者ヒルディ・ジョンソン(ロザリンド・ラッセル)は自分と離婚したばかりの編集長ウォルター・バーンズ(ケイリー・グラント)のもとを訪ね、堅実なサラリーマンのブルース・ボールドウィン(ラルフ・ベラミー)と結婚してこの町を離れる意志を伝えるが、未練たらたらのウォルターは彼女に、明朝警察官殺しで処刑されるアール・ウィリアムズ(ジョン・クオレン)の記事を書かせることで了解を得る。取材に出たヒルディはアールが実は無実であったことを知るが、選挙を控える市長(クラレンス・コルブ)は凶悪犯を処刑することで人気を得ようと目論んでいた・・・。

なんか、ロメールなんて甘い甘い、っていうぐらいに台詞が機関銃のごとく飛び交う強烈なコメディ映画です。全編しゃべりっとおし!ロメールのが哲学的、思索的会話なのに対し、こちらは躁病的ハレ状態。まさにこのテンポは英語ならではでしょう。こういう映画は、黙って見ていてもちっとも面白くない!笑い転げ、野次りながら見るに限るね。しかし、さすがにこのスピードに付いていくのは、ちとシンドイなあ。ああ、アメリカ人・・・は嫌だから、英国人あたりになりたい(笑)。それにしても、台詞も演出も、実に上手い!グラントもラッセルも絵になるし、ホークスの絵がまたお洒落。パワーもあるし、ホークスって、かなり面白いなあ!(・・・また言ってるよw)

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2007/04/01

『クレールの膝』

Dvdclaire ▼エリック・ロメール《クレールの膝》
(フランス、1970)
Eric ROHMER, LE GENOU DE CLAIRE

ロメール三発目。こらまたしゃべくりまくる映画です。《冬物語》《春物語》と見てくると、もう諦めもつきますが、さすがにツライぞ!激しい睡魔に襲われる映画です(とくに前半!w)。

かってCineKen2さんはFORUMで「映画は行動(アクション)だ!」なんておっしゃっていましたが、彼がこよなく愛好するロメールに関して言うならば、ちっとも「行動」せんのだよ(笑)。それでも「映画は行動だ!」なんて言うんですかね?(笑)ちなみに、それとはまったく対照的に、かって、とある大変行動的な企画屋さんは、「ディスクール(対話行為)こそが劇(ドラマ)を生み出す」なる名言を吐かれましたが(・・・Orfeoさんといいますw。こっちを参照)、まさにロメールはディスクールがドラマを生むんだよね。うんうん、そうなんだよ。私の方が的を得てるじゃないか?(笑)

さて、この《クレールの膝》は、結婚を間近に控えたむっつりスケベの中年インテリ男と、その旧友である女流小説家とが風光明媚なアルプス地方の田舎町で久しぶりに再会することから話が進んでいきますが(絵が綺麗!こんなところでヴァカンスが過ごせたら最高ですね。尚、例によって、この映画のストーリー等の解説はCineKen2-FORUMのアーカイヴにおまかせします。こちらです)、たしかに美少女クレールの膝にうっとりとして、しまいには撫で回すロリコン話ではありますけど、そっちの方はむしろ見せ掛けで、言ってみればインテリ同士の高次元の恋愛物語なんだよね。肉体関係なんかなくても(べたべたさわりまくるけどさw)、俺たちゃ十分通じ合えるんだぜ、というわけ。まあ、はっきり言って付いていくのは大変ですけど、言いたいことはよく分かる。というわけで、インテリの皆さん、是非この映画を見て、大いに納得しましょう!(爆)フランス語のいい勉強にもなります。エロティックなロメールというのもまた、乙ですなあ!(爆×2)

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2007/03/25

『春物語(春のソナタ)』

Photo_3▼エリック・ロメール《春物語(春のソナタ)》
(フランス、1990)
Eric ROHMER, CONTE DE PRINTEMPS

またもロメールの《四季物語》シリーズから、《冬物語》の前年に撮られた《春物語(春のソナタ)》をヴィデオで見ました(ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ『春』が冒頭、末尾を飾るからこの括弧内の邦題がついたんでしょうが、さすがにあの韓ドラの二番煎じみたいに思われると不幸だから、原題どおりの『春物語』に戻した方がいいと思いますよ)。例によって、CineKen2さんが詳細な解説をすでに書かれていますので、ストーリー等に関しては、そちらの方をご参照下さい。

話的には退屈してしまったんですが、ロメールはここでもめいっぱい登場人物たちに語らせています。哲学的な話も随分多い。それも当然、主役の女性は高校の哲学の教師なんだから(爆)。これなら、なんの躊躇もなく、哲学の議論をさせることができますね。これぞ、文句のつけようがない映画的トリックだと思います(笑)。それにしても、我々哲学とは無縁の生活を送っている人間には、ほんと「ポカ~ン・・・」だよね。さすがに「考える人」たち(爆)。

さてさて、今日はせっかくだから鑑賞法の話でも。CineKen2さんはもうほとんどシネフィルだから、冒頭の方で出て来る初対面の男女の片方が半裸状態で出会ってしまうというシーン(2度出て来ます)が、過去の数々の映画にインスパイアされた「ギャグ」である、とはっきりおっしゃっています。ところがですね、私のような非シネフィル、それどころか非映画ゴアの人間がこれを見てしまうと、とてもその場面で笑うことなんか出来ない。むしろ、「おいおい、危ないじゃないか・・・」なんて、余計な心配をしてしまいます(笑)。もちろん、ロメールだって完全なシネフィル。だから、CineKen2さんがおっしゃっていることは、シネフィル的には正しい、と思います。ところが、世の中には、そしてロメールの映画を見る人の中には、シネフィル以外の人だって数多いわけです。そこで、シネフィル的鑑賞法を押し付けられるいわれは全然ないわけ。まさにそこは自由であっていい。だから、これを「ギャグ」という言葉で形容するのは私的には納得がいきません。それじゃ、まるで「さあさあ、昔の映画によく出て来るパターンですよ。腹を抱えて笑うところだからね!」なんて強要されてるみたい。だから、せいぜい、「引用」、もしくは「パロディ」あたりの言葉を当てはめてほしいなあ・・・。これなら受け入れられる。

フォンテンブローの森のシーンは美しいです。こういうところも、いかにもロメール的。そしてこの映画、原題の『CONTE』をまさにそのままカタカナにしたような映画でもあります。つまり、話が「コント」なんだよね。とくに、結末の付け方はまさしく「コント」。でも、それ故に、私は最後、この映画に好感を抱くようになりました。こんな話でよく映画を作ったなあ、と(笑)。妙な感心をしたところで、このヴィデオを見終わりました。ロメール、やっぱり面白いなあ(・・・あっ、また言っちゃったよ!w)。

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2007/03/20

『冬物語』

Dvdconte_dhiver ▼エリック・ロメール《冬物語》
(フランス、1991)
Eric ROHMER, CONTE D'HIVER

エリック・ロメール監督の映画『冬物語』をヴィデオで見ました(ストーリー、その他の詳細な解説はCineKen2-FORUMの方に出ていますので、そちらを参照なさって下さい)。

とてもフランスらしい映画だと思いました。とにかくよくしゃべること!(爆)言葉、言葉、言葉で溢れかえっています。行動よりも言葉。劇中劇として挿入されるシェイクスピアの『冬物語』もたいそう効果的です。そして全体は、奇蹟と信仰の物語だと強く感じました。それがロメールならではの風景描写などを盛り込みながら、あるところはスピーディーに、あるところは淡々と、そしてあるところはじっくりと、実に鮮やかに描かれていきます。パリに行かれた方が見るならば、「あっ!あそこ、あそこ!」と思わず叫ばずにはいられないシーンもいっぱい出て来ます。自宅にいながらにしてフランス旅行を楽しめる、稀有な映画でもあります。う~む、ロメールは凄い!絶対にオススメ!(笑)

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2007/01/20

『戦場のアリア』

Dvdsenzyounoaria ▼クリスチャン・カリオン《戦場のアリア》
(仏・独・英、2005)
Christian CARION, JOYEUX NOËL

これも第1次世界大戦のお話。1914年12月、フランス・スコットランド連合軍とドイツ軍は、フランス北部のデルソーで、ノー・マンズ・ランドを間に挟んだ激しい戦闘を繰り広げていた。しかし、兵士たちが皆家族のことに思いを馳せるクリスマスの夜に、奇跡が起きる。何万本のクリスマス・ツリーと、テノール歌手ニコラウスの美声に酔うドイツ兵。彼が歌う「きよしこの夜」に応えるかのように、やがてスコットランド兵がバグ・パイプでその伴奏を始める。敵味方を越えた聖なる夜がそこに訪れた・・・。

あまりにベタな展開の映画ですが、これで実話というところが凄いですよね。というか、実話だという後ろ盾があるからこそ成立している映画、とも言えます。まあ、前回取り上げたマタ・ハリだって実在の人物だったわけですが、映画の作りがかなりいびつだったせいで、ちっともリアリティが感じられなかった。この《JOYEUX NOËL》(注:仏語=メリー・クリスマス)にしたって、ストーリー展開がかなり性急で、いろんなところをバッサリ端折って話が進んでいくので、ちょっと面喰いますが~そういう意味ではこれもまた、いびつ、ですかね~、製作者側の思いはよく伝わってきます。敵味方を越えた温かい交流が生まれる戦場でのクリスマス・イヴの奇跡は、話的には大きなクライマックスですが、この約2時間の長さの映画の前半部分でしかかない。そこからが実は長い。心を通わせ合った両軍の兵士たちの間で奇妙な友情の念が生まれ、戦争の大義に悩み出し、ためらい、上層部の怒りを買って師団を解散させられたり、他の戦地へ飛ばされることになる様子が後半描かれることになります。戦争って、いったいなに?・・・というわけ。そう、いびつなのは戦争そのものだということを彼らは言いたいわけですね。まあ、ストレートなメッセージですが、無意味な戦闘が絶えることのない今日、こういうことを声高に訴えたい気持ちもよく分かります。どこかの超大国の指導者に是非見て欲しいですね、この映画。

尚、アリア部分の声の出演がナタリー・ドゥセイ(ソプラノ歌手、アナ役)とロランド・ビリャソン(その夫のテノール歌手、ニコラウス役)の二人。ということで、オペラ好きにとっては見逃せない、というか、聴き逃せない映画になっています。すっごいリアリティ!(笑)ちなみに、話の上でも非常に重要なこのニコラウス(=ベンノ・フユルマン)とアナ(=ダイアン・クルーガー)の二人は~元々、前線で従軍している夫のニコラウスに一晩だけでも会うために、アナが志願して司令部でのクリスマス・コンサートに出掛けていき、そこで久しぶりに会うことができた夫とともにコンサートを行った直後、前線に戻ったニコラウスとそれに付き従ったアナが加わって、奇跡のアリアが生まれます~、日が変わると二人であっさりフランス軍に投降し、逃げてしまいます。ついでに、それ以降はまったく画面には登場してきません。映画からも逃げた?(笑)他にも、話の始めでスコットランドのとある教会で、若い兄弟が戦争に参加するため軍隊に志願して駆け出していくシーンが出て来ますが、直後の戦地でのシーンでその兄があっさり死んでしまう、などなど、本当に、いくらなんでも端折りすぎだろ!という場面が続出します。もう一時間ぐらい尺を伸ばすべきだったかな、この映画・・・。

最後にもう一つ、どうもでもいい話ですが、日本の映画配給会社は「戦場の~」っていうネーミングがよくよく好きですよねえ。どうにかならんかな、この安易な風習。この映画の場合、フランス軍、スコットランド軍、ドイツ軍の代表がノー・マンズ・ランドで一夜の休戦協定を結び、それぞれ自分の国の言葉で「メリー・クリスマス!」と声を掛け合いながらシャンパンで乾杯するところがミソなのに・・・。だからこその原題だろうに、それが台無し(爆)。

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2007/01/18

『マタ・ハリ』

Dvdmata_hari ▼ジョージ・フィッツモーリス《マタ・ハリ》
(米、1932)
George FITZMAURICE, MATA HARI

第1次大戦も終わりに近付きつつあった1917年、花の都パリの社交界でエキゾチックな踊り子として人気を博している一人の絶世の美女がいた。彼女の名はマタ・ハリ。だがその正体は、実はドイツ軍諜報機関のために活動する女スパイだった。ロシア空軍の青年将校ロザノフ中尉は一目で彼女の虜となってしまい、純朴に求愛し、やがてそこにロマンスが生まれる。だが、彼が連合軍側の秘密書類を持っていることを知ったマタ・ハリは、その文書を手に入れようともくろみ、首尾よく成功するのだが・・・。

主役のマタ・ハリを演じているのはスウェーデンが生んだ大女優、グレタ・ガルボ。さすがに華があって美しいです。相手役のロザノフを務めているのはサイレント映画出身のラモン・ノヴァロ。ちょっぴり平板な印象は否めませんが、好青年役を破綻なく演じています。この映画、一見サスペンスっぽいけど、本質的には悲劇に終わるメロドラマ。ベンジャミン・グレイザーとレオ・ビリンスキーが共同で組み立てた脚本に、さらにドリス・アンダーソンとギルバート・エメリーが台詞を追加したとかで、手が掛かりすぎてしまったのか、話がこんがらがっちゃったのか(笑)、幾分分かりにくく、かつ稚拙な運びの映画になってしまっています。でも、ガルボ様が拝めるからいいや、というところでしょうか。フィッツモーリスという監督さんもサイレント映画時代に名を馳せた人だとか。というわけで、演出はかなり古風ですが、キャメラのアングルや画面構成などはよく練られていて、雰囲気があります。

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2007/01/02

『吾輩ハ猫デアル』

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▼山本嘉次郎《吾輩ハ猫デアル》(日、1936)

監督 ................  山本嘉次郎
脚本 ................  小林勝
原作 ................  夏目漱石
撮影 ................  唐沢弘光
音楽 ................  紙恭輔
美術 ................  久保一雄
録音 ................  道源勇二
出演 ................  徳川夢声、丸山定夫、藤原釜足、宇留木浩、千葉早智子、英百合子、北沢彪

  実は、山本嘉次郎は黒澤明の師匠としてくらいしか知らないんですが、その黒澤青年がPCL(後の東宝)の山本嘉次郎組助監督として入社してきた 前年のフィルムで、何処のデータベースにも載ってないんですよね。画像、音響共にものの見事に修復されてCaTVでやってんだよね。驚きました。…これ が、結構いいんですわ!…。
 まづは《姿三四郎》との関連ですが、例の三四郎のテーマ・ソングですな。あれはあのフィルムの冒頭にも出る、「通りゃんせ」の替え歌で、後に《七人の 侍》の中にも使われているんですが、ここにちゃんと出てくるんだよ(笑)。はは〜ん、黒澤明はこれを見てたに違いねえな…。
 う〜ん、山本嘉次郎という人は、相当映画知に長けた人だったみたいね。夏目漱石の原作に対するコンプレックスなんてまるでない。ほぼ完璧に映画として再 創造されているんですよね。『吾輩は猫である』には仲代達矢を主人公とした市川崑のリメイク版(>リンク:1975)もありますが、僕は問題なく、こっち の方が好きだな。ここでは苦沙弥一家に野良猫が入ってきて、それが最後に井戸に落ちて死んじゃうまでが物語を括弧に括ってまして、その中で鼻子、富子の成 金金田一家と苦沙弥先生とのやり合いが社会風刺コメディーとして描かれている。迷亭が徳川夢声だと思うんだけど、ブッとぼけてて、これがかなり面白いんだ ね。東風がうら若き藤原釜足、英百合子なんていう大ヴェテラン、村田実の《路上の霊魂》(>リンク:604 : 1921) なんてので主役をやってた女優さんが鼻子をやってる(たぶんそうだろ…)。

>http://perso.orange.fr/kinoken2/cineken2/cineken2_cont/cineken2_archive/ichikawa.html#chat

>http://perso.orange.fr/kinoken2/cineken2/cineken2_cont/cineken2_archive/shochiku_06.html#604

 今の…否、当時だって、例えばハワード・ホウクスみたいなテンポの速いコメディーに慣れていると、この超スロー・テンポには肩すかしを食わせられ る感が最初あるんですが、ちょっと我慢して見てると、このテンポがやたら気持ちよくなっちゃうから不思議なんだよね。…うん、こんな人に就いてたなら、黒 澤明にとって、これはすごい勉強になったはづだよね。それに、この時代の日本映画ってのは世界でも有数の質を誇っていたという確信を持ちます。少なくと も、同時代のフランス映画よりは上を行くと思うんだけどね(笑)。
 僕がジョン・フォードの《 リバティ・バランスを射った男》(253-255>リンク:1962)へのコメントの最後で引用した箇所をもう一度引用させてください。

>http://perso.orange.fr/kinoken2/cineken2/cineken2_cont/cineken2_archive/forum0503.html#253

>「(…)私が、山さん(山本嘉次郎)に書かされた、最初のシナリオ
>は、 藤森成吉原作の『水野十郎左衛門』であったが、その中に、水
>野が江戸城の表に立てられた立札の法令について、白鞘組の仲間た
>ちに話すところがあった。
>私は、それを、原作の通り、立札を読んで来た水野が、それにつ
>いて、 仲間に話すところを書いた。
>山さんは、それを読んで、小説ならこれでよいが、シナリオはこ
>れではいけない、これでは弱過ぎる、と云うと、すらすら何か書
>いて私に見せた。
>それを読んで私は吃驚した。
>山さんは、水野が立札を見て来て話すなどというまだるっこしい
>事の代わりに、水野が立札を引っこ抜いて担いで来て、それを
>仲間達の前におっぽり出し、これを見ろ、とずかりと云わせて
>いる。
>私は恐れ入った。」
>(黒澤明『蝦蟇の油』(「長い話〔二)」より)
(2007年01月01日:CaTVチャンネルNECO)

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2006/12/12

『續姿三四郎』

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▼黒澤明《續姿三四郎》(日、1945)

>「これだけ立派な腕を持ちながら花を咲かせる
>ことができない。なんという妙な巡り合わせで
>しょう。でも私、このままでようございます。
>ひとを押しのけず、ひとの席を奪わず、機会さえ
>あれば、貧しいけれど真実な方たちに喜びや
>望みをお与えなさる。このままの貴方も立派
>ですもの。」
>(宮崎美子)
>
>(小泉堯史《雨あがる》:日、2000)

 2年後に撮られた続編ですが、これって、昔見た記憶があるのに、全然憶えてないんだよね。…そういえば…って思い出したんだけど、これと同時に見た先輩谷口千吉の《銀嶺の果て》 (1947)が、もう圧倒的に素晴らしくて、こっちの黒澤が吹っ飛んじゃったんだ。あっちは台本=黒澤明で三船敏郎の映画デビュー、谷口千吉一世一代の傑作だと思います。その後内川清一郎の正と続を含んだリメイク(日、1965:加山雄三=姿三四郎、三船敏郎=矢野正五郎、加東大介=村井半助、九重佑三子=小夜、岡田英次=檜垣源之助&鉄心、左卜全=和尚、伊藤雄之助=門馬三郎、山崎努=檜垣源三郎、志村喬=三島総監)を見たんですが、これがまた見るも無惨な駄作でねえ(笑)…。まったくもう、黒澤明の助監督どもは揃いも揃って、全員ダメな奴らばっかりでねえ(笑)…。
 正編の2年後、物語もあの2年後になってまして、駐留軍の米国兵士が闊歩する敗戦直後。米人水兵から暴行を受けている車引きの少年を藤田進が救う。正編で大河内傳次郎が小杉義男一門を投げ飛ばすのに運河を背にして、連中に怪我をさせない配慮を怠らなかったのと同様、今回の藤田進もその米兵を埠頭まで連れていって、怪我させないために海に投げ込んでる。
 …そう、黒澤明はとても優しい人なんだよね。この資質に近いものを持ってるのが、アメリカ映画ならニコラス・レイだよね。だから黒澤は正編で負けちゃった連中がとても気になるの。志村喬は死んじゃって、姿三四郎のお陰で、柔術は柔道に破れ、柔術の連中は食うに困って、ボクシングと対戦する見せ物なんかに出て、アメリカのボクサーに叩きのめされたりしている。
 そして、その負け犬の一人、月形龍之介は正編で藤田進に敗れて以後、人が変わったようになり、柔術で敗れ、轟夕起子の小夜も失った敗残の身を肺病に蝕まれている。そこに登場するのが、月形の弟二人、同じ月形龍之介演ずる空手家鉄心と気の触れた末弟河野秋武。この二人が兄の仇、藤田進を付け狙う。最後の雪山での決闘。…そうそう、黒澤明が先輩谷口千吉の《銀嶺の果て》に決定的な差をつけられちゃったのがこの場面で、優しい黒澤先生は、この後に、再び敗れた月形龍之介を藤田進が山小屋で介抱し、そんな三四郎の優しさに末弟河野秋武も遂に、寝ている藤田進を殺すことができず、終わらせている。
(2006年12月10日:CaTV日本映画専門チャンネル)

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2006/12/01

『リリー・マルレーン』

Dvdlili_marleen ▼ライナー・W・ファスビンダー《リリー・マルレーン》
(西独、1981)
Rainer Werner FASSBINDER, LILI MARLEEN

ニュー・ジャーマン・シネマの旗手、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が、37歳でこの世を去るその前年に発表した作品。「リリー・マルレーン」は第2次大戦下、ドイツ軍、連合軍の双方の兵士たちから愛唱された名曲ですが(・・・私はまだ生まれていませんでしたが)、マレーネ・ディートリッヒが米軍兵士の慰安の場で披露し、戦後も好んで歌ったことでも有名になりました(・・・私はまだ生まれていませんでしたが)。このファスビンダーの映画は、その歌の本家、ララ・アンデルセンの自伝をもとに、戦時下に生きる女性の心の葛藤、愛とその挫折を描いています。

ファスビンダーの映画はめまぐるしく疾走します。まるでこちらがその中に没入するのを拒むかのように。次々と場面が入れ代り、音楽も変転し、画面もしばしばズームアップでアクセントが入ったりする。だから、現実感は希薄です。戦争映画でありながら、けして生々しくはない。ストーリーは思いのほか単純だけれども、冷めた視線で貫かれた、彼独特の美学/語り口による映像の奔流に我々は晒され続けることになります。たしかにファスビンダーは疾走する。でも、それ故に、ファスビンダーは捉えどころがない。まるで「夢」のような映画です。主演のハンナ・シグラの物憂い歌唱がまた魅力的で、この映画に華を添えています。

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2006/11/22

『天井桟敷の人々』

Dvdles_enfants_du_paradis ▼マルセル・カルネ《天井桟敷の人々》(仏、1944)
Marcel CARNE, LES ENFANTS DU PARADIS

第2次世界大戦中、ドイツ占領下という困難な状況下で製作された20世紀フランス屈指の名作映画。脚本は「枯れ葉」でおなじみの詩人、ジャック・プレヴェール。19世紀半ばのパリ、見世物小屋が立ち並ぶ犯罪大通りを舞台に、女芸人ギャランスとパントハイム役者バティストの実ることのない恋愛譚を中心に話は展開する。

ここで主人公のバティストを演じているジャン=ルイ・バローという人は、言うまでもなく、20世紀フランス演劇を語る際にはけして欠かすことが出来ない重要な人物ですが(1910-1994)、私は彼の生の舞台に一度だけ、その晩年、パリでアリストファネスのギリシャ喜劇『鳥』をやっているのを見たことがあります。「あっ、この人は本当に舞台に立つことが好きで好きでしょうがないんだ!」老いてもなお一舞台人、そういうことを沸々と感じさせる役者さんであり、演出家であり、そして座長さんでした。そのバロー、30歳代の若い姿がこの映画の中にあります。

バローの魅力は、何よりもその眼差しにあるような気がします。憂いを帯びた、遠くを見つめるような、儚げな目。そこに私は強く惹き付けられます。アルレッティを始めとする魅力的な共演者、詩的な脚本、そして、猥雑だけども、生き生きとした芝居小屋の様子を映し出すキャメラ。いかにもフランスらしいエスプリの利いた演出を得て、この名優の姿がしっかりとフィルムに残された。永遠に愛され続ける映画に違いありません。

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2006/10/22

『カーテンコール』

Dvdcurtaincall ▼佐々部清《カーテンコール》(日本、2004年)

出版社で働く香織は、読者のハガキから、「幕間芸人」について下関へ取材に行く。そこは父が一人暮らしをしている香織の故郷でもあった。昭和30年代、みなと劇場で働く安川修平は、ある日フィルムが切れる事故が起きたことから、観客のイライラをおさえるため舞台に立った。まだテレビが普及する前の映画全盛時代から衰退期にかけて、日本映画の温かさと懐かしさの向こうに、悲しい父娘の物語があった・・・。

懐かしい邦画と歌謡曲の数々、そこに浮かび上がる昭和という時代。レトロ調でヒューマン・タッチな佳作だとは思いますが、いかんせん構成が弱い。作り手の思い入れが強すぎたんではないでしょうか。プロットの扱いがぞんざいで、話の展開にまるで説得力がない。泣かせようという意図だけは伝わりますが、メロドラマの域を脱していません。修平役の藤井隆はいい味を出しているし(老いた修平役の井上堯之も素晴らしい)、香織役の伊藤歩や修平の妻、良江役の奥貫薫、あるいはその娘、美里(鶴田真由)の夫役の津田寛治といった役者たちの演技にも惹かれますが、残念ながら存在感がない。描き足りないからですね。これでは泣けません。

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2006/09/22

『オリバー・ツイスト』

Dvdoliver_twist ▼ロマン・ポランスキー《オリバー・ツイスト》
(仏・英・チェコ、2005年)
Roman POLANSKI , OLIVER TWIST

*以下の文章にはネタバレを含みます。これからこの映画をご覧になる予定の人はお読みにならないほうがよろしいかと。また、「ポランスキー大好き!」っていう人は絶対に読んじゃダメ!

養育院で育った孤児、オリバー・ツイストは、9歳になり自分の生まれた救貧院へ戻り、麻屑作りの労働に従事することになる。だが、孤児たちに与えられる食事はとても少なく、くじ引きで負けたオリバーは夕食の席でおかわりを求めたため、追放処分を受けてしまう。引き取り先は葬儀屋のサワベリー氏のところ。彼は美しく哀しげな表情をしたオリバーが、子どもの葬儀のお供の役目に適任だと考える。だが、それがもう一人の徒弟ノアの敵意を買い、亡くなった母親のことを侮辱されたオリバーは思わずノアに殴りかかる。サワベリー氏に鞭打たれてしまったオリバーは家出を決意し、歩いてロンドンへと向う。
7日間歩き通し、ようやくロンドンの街に着いたオリバーだが、空腹で立ち上がる気力もなく、道端にうずくまっていると、シルクハットをかぶった妙な身なりの少年、ドジャーが声を掛けてくる。そして彼から市場で掠め取ったパンを与えられ、裏通りの家へと連れて行かれる。そこの主の老人フェイギンに夕食に招かれ、オリバーのロンドン生活が始まる。
ドジャーたちは毎日ハンカチや財布を外で手に入れてくる。その仕組みは理解できなかったが、オリバーはフェイギンにポケットからハンカチや時計を抜き取る「ゲーム」を教え込まれる。そしてその腕も上達し、初めてドジャーたちと外出したオリバーは、彼らが紳士のポケットからハンカチを抜き取るのを見て、その「仕事」を理解した。だが、逃げる途中捕まってしまったオリ