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2007/12/15

『ローエングリン』(バーデン・バーデン祝祭劇場)

Dvdlohengrinbadenbaden DVDライブラリーより。

ケント・ナガノとレーンホフのコンビによる『ローエングリン』。バーデン・バーデン祝祭劇場、ミラノ・スカラ座、及びリヨン国立歌劇場による共同制作のプロダクションだ。今更という気がするが、全体がいっちゃった女、エルザの妄想物語として展開する。基本的にはありきたりの現代版。だが、銀色でピカピカ輝くスーツにネクタイといういでたちで、左手にしっかり剣を携えて出て来るローエングリンなんかを見てしまうと、演出そのものがいっちゃってることを痛感する。ローエングリン役で世評の高いフォークトはまるで生気も存在感もなく、さながらロボットみたい。全体が妄想、というより、全体が戯画で終わってしまっている。ケント・ナガノの付ける音楽にはためがないので、ワーグナーらしい腰が据わった厚い響きが生まれず、薄っぺらい印象が残る。

★★

ハインリヒ王:ハンス・ペーター・ケーニヒ
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ・フォン・ブラバント:ソルヴェイグ・クリンゲルボーン
テルラムント:トム・フォックス
オルトルート:ワルトラウト・マイヤー
式部官:ロマン・トレケル

合  唱:マインツ・ヨーロッパ合唱協会
      リヨン国立歌劇場合唱団
管弦楽:ベルリン・ドイツ交響楽団
指  揮:ケント・ナガノ
美  術:シュテファン・ブラウンフェルス
演  出:ニコラウス・レーンホフ

[  収録:2006年6月3・5・7日、バーデン・バーデン祝祭劇場  ]

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コメント

同感でございます^^;;

恒例のTBしますので、よろしくお願いします。

投稿: edc | 2007/12/15 09:50


edcさん、TBありがとうございました。
TB返しさせていただきました^_^;;

投稿: Orfeo | 2007/12/15 13:58

この映像、ワーグナー苦手な私には苦行のようでした(^_^;)結局途中でギブアップ…。

フォークトも、まさかあんな格好させられるとは思ってなかったでしょうね。まるで鎧が間に合わなかったリハーサルみたいな登場シーンで、エルザの想像する騎士ってあんなの?と笑っちゃいました(笑)こんな格好の見知らぬ男が来たら、正に「いっちゃってる」危ない奴だと勘違いされちゃうでしょう!

投稿: Sardanapalus | 2007/12/16 01:32


Sardanapalusさん、こんにちは。
うん、まさに「苦行」ですね、これは^_^;;

レーンホフって、オリジナリティもあまり感じないし、いったいどこがいいんでしょうかね??

投稿: Orfeo | 2007/12/16 18:16

Orfeoさん:
>オリジナリティもあまり感じないし、いったいどこがいいんでしょうかね??

僕もそう思います。要するに、あの人はその時々のオペラ演出の流行に敏感な「便利屋」に見えるんですけど…。なんか、確固とした自分のものを持っていない感じなんですよね。時としてヴィーラント風だったり、時として下手な現代化を施してみたり…。

>全体がいっちゃった女、エルザの妄想物語として展開する。

 …こういう囲み込み方、劇中劇化というのは、ブレヒト劇の伝統から来るものなんで、大なり小なりブレヒト劇の影響を受けたヨーロッパの優れた演出家なら、誰でも一度くらいはやってるもので、一時期それなりの斬新さを持ったものですが、1960-70年代ならともかく、「2006年6月」にこれをやっちゃうところがこの人らしい(笑)…というか。やれ、《オランダ人》は水夫の妄想でした(ポネル)、ゼンタの妄想でした(クプファー)、《ローエングリン》はエルザの妄想(既にポネル)…、もういい加減飽きたよ!って感じしない?…。こうなるとまさに、Sardanapalusさんのおっしゃるよう…

>苦行のようでした

…になっちゃいますよね。この手の「解釈」をやるのは、それこそどんなド素人だってできる。僕の友人のさる仏文学者も、頼みもしないのによく自慢気にその手の新「解釈」というやつを聞かせてくれまして、オレが演出家をやったら…なんて言ってた奴がおりましたが、演出でいちばん難しいのは役者や歌手を如何に動かすか?…なんだよね。優れた演出家というのは、自分の確固とした身体性、演技スタイルというものを持っていて、一見してそれと解る動きがある。「解釈」だけで演出ができると思ってるのは、ブレヒト劇の悪影響…というか、御大の評論を読んでるだけで、実際の舞台を見たこともない文学者に限るんだよ。ストレーレルにせよシェローにせよ、クプファーだって誰だって、実際にブレヒトの舞台を見ていて、それがただ単に新「解釈」をやったとか、装置や衣裳を現代化しただけ…なんてことがないのをよ〜く知ってる。そう、多少まともな奴だったら新「解釈」をやって、それで終わりってことは絶対にないわけ。
 ただ、レーンホフの名誉のために言っておきますが、僕が最初に見たレーンホフのものはかなりよかったです。1980年パリでの《影のない女》。この時はクリストフ・フォン・ドホナニでしたが、この制作、初演になったのは1972年のカール・ベーム指揮版だったんですが(勿論こっちは見てない)、この時、結構いいじゃん、なんて思ったんですが、後が続かんのだね(笑)。その後見るもの、全部ほんとうにつまらんのだねえ(笑)…。この人、最初けっこういいもの持ってたらしいんだけど、オペラ演出を量産していく中で、なんか何も無くなっちゃったという感じね…。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/12/20 13:22


・・・うん、「囲い込み運動」はもうちょっと時代遅れ、というか、古臭い、というか(あっ、いっしょだw)。

もろヴィーラント風だったオランジュの『トリスタン』に較べれば、この『ローエングリン』なんかはセットがフリードリヒの亜流みたいになってる。うん、節操がないな、と思います(笑)。

投稿: Orfeo | 2007/12/20 18:58

>うん、「囲い込み運動」はもうちょっと時代遅れ、というか、古臭い、というか

 …そう何でもかでも単純化しないこと!…。現代化同様、囲い込みによる劇中劇化は、必ずしも古いとか新しいというんじゃなくって現代の演劇レトリックの一つ、一方法として確固として定着してると思うんですが、昔も今も、ちったあマシな連中は、ただそれだけで勝負はせん、ということです。上に出したクプファーの《オランダ人》なんてのは、その典型例で、あれがスゴいのは「囲い込み」をやってるからではないんで、歌手たちの動きとか、合唱隊の動きこそ、スゴいのよ。ただ、そういう純粋に演劇的なスゴさそのものを語るのは、きわめて難しいんだ。役者や歌手の身体の動きそのものを言葉で描写するのは難しい。だから、普通の評論家なんかが、言葉にし易い「心理」とか「解釈」ばっかり語るんだよね。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/12/20 19:53


・・・毎度単純化してすいませんです(爆)。

そういえば、かって、ヴィテーズの身体の動かし方で一発ノックアウトを喰らってしまった私としては、舞台表現のスゴさというのは身にしみて感じています。ただ、おっしゃるとおり、ああいうのは、言葉で描写するのは極めて難しいですなあ!

投稿: Orfeo | 2007/12/21 09:50

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こちらで話題にしたローエングリンの映像、発売されました。私が視聴した正規版のローエングリン映像としては五つ目(こちらを参照)です。白紙で鑑賞にこだわる向きは「続きを読む」は、クリックしないほうがいいかも・・・^〜^)}}}} さすがに画質は、うらやましいほどよろしいです。1幕、1枚の三枚組。厚手のパッケージは扱いにくいし場所ふさぎなので嫌ですね。最後のクレジットにNHKが入ってました。さっさと放送できないのかしら。DVD発売後とかなんとかって契約なのでしょうか。 なにはともあれ画質、この夏... [続きを読む]

受信: 2007/12/15 09:47

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