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2007/05/26

『クリングホファーの死』

Dvdklinghoffer DVDライブラリーより。

1985年、地中海豪華クルーズ客船、アキレ・ラウロ号で起こったパレスチナ過激派によるハイジャック事件に題材を取ったジョン・アダムス作品の映画化。作曲者のジョン・アダムス自身がタクトを振るっている。

第2次大戦後、パレスチナ人が住んでいた土地から追放され、流浪の民となる。そして、エルサレムに、流浪の民、イスラエル人の国家が建設される。この歴史的契機から始まるこの映像は、その後のハイジャック事件にストーリーを収束しながら、この船に乗り合せたユダヤ系アメリカ人、車椅子を使うレオン・クリングホファーがテロリストに撃ち殺され、車椅子もろとも海に捨てられる「受難」を通して、現代の両立しがたいその有り様を浮き彫りにする。

この作品の初演は90年代初頭、ピーター・セラーズの演出、ケント・ナガノの指揮により、ブリュッセル、リヨン、ニューヨークなどで行われたが、その内容がテロの犠牲になったユダヤ側はもちろんのこと、事件を引き起こしたパレスチナ側の境遇にも等しく目を配るものであったため、物議を醸した。というわけで、その後、この作品を上演しようという機運はほとんどない。ましてや2001年同時テロの後では、こういう作品を舞台に掛ける勇気など、どの劇場でも持てやしない。そこで作曲者自身がイギリスのCHANNEL4の企画協力を得て、その映画化に踏み切った、ということか。テロはもちろん許されるべきものではない。だが、それにはそれを生み出す原因となった根本的問題というものが厳然としてある。そこを見落としてはならないのだということを、この作品は我々に切々と訴え掛けている。

ジョン・アダムズの音楽は、現代音楽としては親しみ易い書法で書かれているが、その構成上の問題点は、初演時から指摘されているとおりだ(cf.NY初演時のVillage Voice紙の批評がこちらにあります。どうぞご参照下さい)。末尾に置かれた激しい怒りに満ちたマリリン・クリングホファーの長い独白。この現代のはりつけとも言うべきレオン・クリングホファーの死から結末にかけての部分の収まりが、どうにもしっくりこないのだ。せっかくユダヤ側、パレスチナ側双方の由縁、思惑を交差させる作りを取るならば、違うエンディングがあってしかるべきではなかったかと思う。互いの対立を止揚するムーヴメントが生まれれば、と思うのだが、犠牲者が出てしまった以上、それは高望みだろうか。ともあれ、パレスチナからイスラムに広がる現代のテロリズム、あるいは諸々の国際紛争の問題に向き合うためにも、一度接しておきたいオペラではある。

★★★

レオン・クリングホファー:サンフォード・シルヴァン
船長:クリストファー・マルトマン
マリリン・クリングホファー:イヴォンヌ・ハワード
モルキ:トム・ランドル
マムード:カメル・ブトロス
ランボー:レイ・メルローズ
オマール:エミル・マルヴァ(声=スーザン・ビックレー)
スイス人の祖母:ヴィヴィアン・ティエニー
一等航海士:ディーン・ロビンソン
英国人ダンサー:カーステン・ブレイス
オーストリア人の女性:ヌアラ・ウィリス

作曲/指揮:ジョン・アダムス
台  本:アリス・グッドマン
合  唱:ロンドン交響楽団合唱団
管弦楽:ロンドン交響楽団
監  督:ペニー・ウールコック

[  制作:2003年、CHANNEL4、DECCA  ]

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コメント

 おお〜い!、なんでケント・ナガノ=ピーター・セラーズ(リヨン=ブリュッセル版)じゃないんだ?…。
 ジョン・アダムズの指揮なんて最悪じゃなくって?…。
 ジョン・アダムズの指揮は一度だけアンサンブル・アンテルコンタンポランで聴いたことがあるんですが、この時は、アンテルコンの楽員たちとジョン・アダムズが大喧嘩。あのプロフェッショナルなアンテルコンの連中が、こんな馬鹿馬鹿しい音楽と、こんな出鱈目な指揮には付き合っておれん!…とツムジを曲げちゃったんだよね。いちおうコンサートだけはやったんですが、この人、指揮なんかやらん方がいいんじゃないかと?…。
 ただ、もっと驚いたのは、それを、ジョン・アダムズの音楽はパリの聴衆には前衛的過ぎた…と堂々と『レコ芸』に書いてた先生がいたこと。これには、さすがのワタクシも唖然!
きのけん

投稿: きのけん | 2007/05/28 21:27


・・・う~ん、忙しいし、やはり今、この作品を指揮する勇気がケント・ナガノになかったんじゃない?(笑)

ピーター・セラーズに関しては、この作品は彼とのコラボレーションから生まれたという意味で、ジョン・アダムスも大変感謝しているみたいですよ。このDVDのクレジットのところにわざわざセラーズに対する謝辞が入っています。あれ?ケント・ナガノに対する謝辞がないぞ?(爆)

前衛、ねえ。アダムスにはまったく似つかわしくない言葉かもしれませんね。カーセンを前衛といって持てはやしていた日本人もいたそうですから、日本人ってのは、よっぽど「前衛」という言葉に幻想を抱いているんですかね。

投稿: Orfeo | 2007/05/29 05:37

>日本人ってのは、よっぽど「前衛」という言葉に幻想を抱いているんですかね

 そういえば、カーセン関係で、もう一つ「前衛」(笑)の思い出があるよ。
 あれはユーグ・ギャル時代のバスチーユで制作されたプッチーニ《マノン・レスコー》の時。僕の直ぐ後ろに日本人のグループが座ったのよ。その中の一人が得意げに皆さんに解説やってんのね。こちとら、面白いから聞いてたら、さかんにこの演出は「前衛」的で…ってやってんの。ほお〜ロバート・カーセンってのはそんなに前衛的なんですかあ!…なんて(僕はカーセンの舞台はこれが初めてだったと思うんですが…)、ところが実際に見てみたら、舞台装置が多少デフォルメされているだけで、歌手の動きなんか、まるで因習的、よくある舞台装置だけおっ立てて、歌手たちの演技なんかにはまるでおかまいなしってな舞台だったんで、はは〜ん、こういうのが「前衛的」なんだ!って(笑)。

>わざわざセラーズに対する謝辞が入っています

 そういや、ピーター・セラーズも、これをリヨンでやった時、偶然の邂逅があったんだよ。当時、彼と会った時、映画に出てる、なんて言ってたんだけど、何の映画に出てたのか知らなかった。後で判ったんだけれど、なんとジャン=リュック・ゴダールの《ゴダールのリア王》(1987)だったんだよねえ!。これは、例によって例の通り、ゴダールが、ワタシは『リア王』なんて映画は撮れませ〜ん…なんて言ってるフィルムなんですが、ピーター・セラーズ(有名な方ではなくて、こっち)が主役の「シェイクスピアJR」というのを演ってまして、ウッディー・アレンとか《ポンヌフの恋人たち》のレオス・カラックスや映画の中でシナリオを書くはづだったノーマン・メイラーなんかと共演してるんだ。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/05/30 09:12


・・・うん、ジョン・アダムスの音楽もまた同様で、彼の音楽は、「前衛的」というより「大衆的」なんだよね。尖がった方向を目指しているわけじゃないでしょ、彼は。いろんな目配りを感じてしまうんだけどなあ、その音楽は。

カーセンに関しては、もうすぐ記事を出すので、またそこで(笑)。

投稿: Orfeo | 2007/05/30 18:39

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