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2007/01/06

『トーリードのイフィジェニー』(チューリヒ歌劇場)

Dvdiphigenie_en_tauridezurich DVDライブラリーより。

2000年度のザルツブルク音楽祭でのプロダクションを用いた、2001年チューリヒ歌劇場での公演(ちなみに、ザルツブルクでの指揮はアイヴォー・ボルトン。スーザン・グラハム、トーマス・ハンプソン、ポール・グローヴズらが出演した)。演出家クラウス・グートはここで、主役たちとともに、彼らを模した大き目の頭部の人形を被らせたアルター・エゴを登場させて、それを使って過去の経緯や現在の心理状況を説明するという大変分かり易い演出を施し、好評を博した。チューリヒにおいても、この視覚的に明解な趣向の舞台に対し、クリスティが瑞々しい清新な音楽の運びで呼応して、簡潔で力強いグルックの劇的世界を表出。良質なパフォーマンスを実現している。チューリヒでクリスティが指揮する公演の映像を観たのはこれが初めてですが、クセの強いアーノンクールなんかより断然いいですね。自分の領分をしっかりわきまえているからでしょうか。今シーズンも1月14日プレミエのヘンデルの『セメレ』を振るようだし、彼のDVDがもっと出てくればいいのに・・・。

★★★☆

イフィジェニー:ジュリエット・ガルスティアン
オレスト:ロドニー・ギルフリー
ピラード:デオン・ファン・デル・ワルト
トアス:アントン・シャリンガー
ディアーヌ:マルティーナ・ヤンコヴァ
ギリシアの女:アンナ・ソランノ
尼僧1:リーザ・ロレンツ
尼僧2:エリナー・パウノヴィチ
スキタイ人:ミヒャエル・ムロージェク
祭司:トーマス・ピュッツ

合  唱:チューリヒ歌劇場合唱団
バレエ:チューリヒ歌劇場バレエ団
管弦楽:ラ・シンティッラ(チューリヒ歌劇場)
指  揮:ウィリアム・クリスティ
美術・衣裳:クリスティアン・シュミット
演  出:クラウス・グート

[  収録:2001年9月、チューリヒ歌劇場  ]

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コメント

クリスティの指揮は良かったですね!チューリッヒくらいの大きさの劇場にはぴったりでしょう。私が見た映像では、グラインドボーンの「ジューリオ・チェーザレ」もマクヴィカーの騒がしい演出に全く負けない面白い指揮でした。他にはラモーの「レ・パラダン」とか「レ・ボレアード」辺りもDVDになってますよね。

この演出、各キャラクターの心理が分かりやすくなっていて、舞台と衣装デザインも簡素ですが上手くはまってると思います。歌手もイメージによく合ってますよね。ザルツの時のハンプソン&グローヴスよりも、こちらのギルフリー&ファンデアヴァルトの方が、バランスいいし(^^)

しかし、あの巨大頭のダブルが出てくるたびに「劇団飛行船」を思い出してしまって大変でした(^_^;)別にあんなに大きな(しかも微妙に似てない)マスクにしなくても良いのに…。

投稿: Sardanapalus | 2007/01/06 22:45


Sardanapalusさん、どうもです。

クリスティの指揮は安心して聴いていられるところがありますね。その辺が、かって彼の下にいたミンコやルーセといった連中には手緩いんでしょうけど。大人の指揮だと思います。
グラインドボーンの『ジューリオ・チェーザレ』はもうじきここで扱います。私も観るのが楽しみです^_^;;

>「劇団飛行船」
・・・(笑)。うん、実を言うと、私も笑いっぱなしだった(爆)。

投稿: Orfeo | 2007/01/07 08:03

>クリスティの指揮は安心して聴いていられるところがあります

…実は、僕がクリスティーから離れちゃったのは、ちょうどそういうのが感じられるようになった時からなんです。仏ハルモニア・ムンディからエラート=ワーナーに移った頃、もうちょっと前かな?…くらいでしたか?…、あまりに大家に成り上がっちゃって、新鮮さが感じられなくなっちゃった。要するに、普通のレパートリー・オペラとたいして変わらない風になっちゃったんだよね。
 最初の頃…ってのは、僕の場合、1980年代中盤くらいからで、最初期、「レ・ザルフロ」ってのが未だ無くて、クリスティーがルネ・ヤーコプスのチェンバロ番と兼任して「イール・ドゥ・フランス地方バロック合奏団」てのの主宰者だった時代というのを僕は全然知らないわけなんですが、当時のクリスティーってのは、こういうことをやってて、本当にお客さんが来るんだろうか?、コンサートの最後まで飽きずに付き合ってくれるんだろうか?…なんて、ちょっとおどろおどろしいところがあって、それがえらく新鮮だったというか、毎回冒険してるってなところがあったよね。バロック部門の新鮮さというのは、そういうところも非常に大きいわけで、毎回、それまで誰も聴いたことがなかったような、曲の名前さえ、否、作曲家の名前すら知らないような音楽をやってたわけだよ。それが、バロックが市民権を得て、それ以上にブームじみたものになっちゃってからは、その冒険精神みたいなものがだんだん失われていった気がするのよね。ルーティン化というのは、ちょっと言い過ぎにしても、大家然しだしたのはクリスティーがいちばん早かったみたい…。その点、マルゴワールやヘレヴェッヘには、いつまで経っても、そういう冒険精神を残していた…というか、バロック音楽にとってそういうものが最も大切だということにきわめて自覚的だったというか?…だから、ということもないかも知れないんだけれど、ルーセにせよ、ミンコにせよ、あの頃クリスティーから離れていった人たちって結構多いでしょ。

 それから、クリスティーという人は昔から演劇的なセンスを持っていた人で、あまり知られていないことですが、ロバート・ウィルソンが初めて普通のオペラ座に進出した時の指揮がクリスティーだったよね。リヨン歌劇場で上演した《王女メデア二部作》で、ゲービン・ブライヤーズの現代曲と同時に組まれたマルク=アントワーヌ・シャルパンチエの《王女メデア》(もちろん抜粋)を振ったのがクリスティーだったんだ。《アティス》以来名コンビになったジャン=マリ・ヴィレジエは、確かルイ・ル・グラン高校ではシェローやヴァンサンの国語の先生に当たる人だし、ひょっとしたら演劇部の顧問だったかも知れない…。当時、フランスの古典演劇がいかにして、それ以前のバロック的演劇性を排除した上に成り立っていたか…を検証するようにして、コルネイユを採り上げ続けていた。それから、彼はアルフレード・アリアスとも、彼が最も乗っていたまさにその時期に《インドの優雅な国々》をやってるよね。要するに、頭の中に蜘蛛の巣が張ってるようなアカデミックな古楽派じゃないんだよね。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/01/10 14:24


・・・そうそう、安心して聴いていられるというのは、裏を返せばスカッと突き抜けてくれないということですね。この辺が非常に難しい。まあ、アーノンクールみたいにお下劣になるのも嫌ですが、さりとて安全運転されても実は大いに困る。ミンコやルーセが離れる気持ちも分かります。いつだって、若い世代は旧世代によりアグレッシブに、より過激なことを要求するもの。あのミンコだって、彼にはセバスチャンという弟子がいますが、「なんでもっと激しくやらないんだ!」って尻を叩かれていましたよ(爆)。

ミンコがクリスティから受け継いだのは、音楽的な面というよりは、むしろ、その演劇的な面だったのかもしれませんね。それならよく理解できる。

投稿: Orfeo | 2007/01/10 17:58

 その世代交代というのを如実に実感した時があったんです。あれは1990年代初めにヴェルサイユ・バロック音楽センターが企画したドゥラランド特集の時で、午後ミンコ指揮MDLのコンサートや、ユーゴ・レーヌのマレー街交響団があって、夜のメインにクリスティーやマルゴワールが出たわけ。ミンコやユーゴ・レーヌなんかは午後自分の団体を振って、同夜クリスティーでバッソンを吹いてたりの大忙しだったんだけど、クリスティーがもう、大貫禄なの。まるでベーム指揮ウィーン・フィルってな感じ。それに対し、ミンコの方は響きも一回り軽やかで、テンポも速く、若々しくてすごく新鮮で、う〜ん、やっぱり新世代!…なんて感じちゃったけどね。
 この時ルーセはチェンバロで御大クリスティーと連弾をやったんだけど、ルーセというのはものすごいヴィルツゥオーゾだろ、御大なんか、とてもついていけなくて、オタオタ、モタモタ(笑)。あれ〜、御大、もうチェンバロ弾けなくなってる!…なんてね。う〜ん、やっぱり、レオンハルトとかコープマンはチェンバロの方もものすごく練習してるんだな〜…なんて、その時納得しました。そういや、レオンハルトは、いつだったか『レコ芸』のインタビューで、指揮なんて、易しいもんで、どんな馬鹿だってできる!…とかカッコつけてたよね(笑)。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/01/11 09:57


ドゥラランド特集とはまたシャレてますねえ!あ、そうか、ヴェルサイユ派でしたね、彼は。そういう演奏会、こちらでもやってくれないかなあ。。。

ルーセは馬鹿でもできる指揮なんてやめて(爆)、クラヴサンのほうに集中したほうがいいんじゃない?そっちの方面の彼のディスクはかなり評価が高いことだし・・・。

投稿: Orfeo | 2007/01/11 15:53

…かどうかは?…だけど、僕がクリスティーに入れあげていた時期というのは、根拠のないことではなかったんだね、きっと…。だって、レ・ザルフロのコンティヌオにルーセ(クラヴサン)とミンコ(バッソン)が並んでたんだからな。御大だって楽だったはづだよ。
きのけん

投稿: きのけん | 2007/01/12 12:07


・・・それは大いに言える(爆)。

投稿: Orfeo | 2007/01/12 12:51

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