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2006/08/30

夏の音楽祭:ザルツブルク音楽祭

Salzburger_18月も末となり、2016年五輪国内候補地も東京に決定!・・・ということで(?)、各地で開催されている夏の音楽祭もそろそろ終わりです。(←keyakiさんの真似っこw)最近ではインターネット放送も充実しているため、日本にいながらにして、世界中のいろんな音楽祭の公演を楽しむことができちゃったりします。本当、いい時代になったものです。

私もこの夏、インターネットやFM放送等を通して、バイロイトだとか、ザルツブルクだとか、数々の公演のライブ、録音中継を聴くことができました。とくに今年のザルツブルクは、モーツァルト・イヤーに合わせてモーツァルト大特集を組んだため、普段聴くことのないような作品にまで接することができて、非常に面白かったです。新しいアーティストたちにも数多く巡り合えたし、それは極めて新鮮な場ともなりました。

そんな中、つい先日、そのザルツブルク音楽祭での『フィガロの結婚』を聴く機会がありました。指揮はアーノンクール、オケはウィーン・フィル。これがまた・・・ひどかった(爆)。高速道路をチャリンコが走っているような序曲から始まり、その後は音楽の流れをぶち切れにして楽しんでいるとしか思えないアーノンクールの恣意的、醜悪なモーツァルトが展開。この人の美点て、いったいどこにあるんでしょうかね?

独墺圏では、このプロダクションに関して、スザンナ役で登場したネトレプコに話題沸騰、また大騒ぎになっていたそうですが、そのネトレプコも放送で聴くかぎり、全然魅力がない。清澄感に欠けた、腰の座りの悪い歌唱で、周りとのアンサンブルも合わない。スザンナって、出番が多くてテキストが長いことを除けば、モーツァルトが生み出した数ある難役の中では、そう難しいパートとも思えませんが、それでいてこの出来・・・。そもそも、彼女って、いったいどこがいいんだか、私にはさっぱり分かりません。

思えば、アーノンクールにしてもネトレプコにしても、商業主義に乗っかって担がれているだけ、そんなきな臭いにおいがプンプンします。そんなものに踊らされるのは馬鹿げている、よね?そんなことを強く感じた、夏の終わりの一日でした。

ときは音楽祭の夏から芸術の秋へ。9月、オペラ・レヴュー再開です。

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コメント

Orfeoさん、こんにちは。
ザルツブルグの「フィガロ」は未だ聴いていないのですが、ネトレプコに関する辛口批評にはうなずけます。そもそも、骨太のネトレプコの声質にスザンナはミスマッチのような気がします。歌の巧いレシュマンとの「手紙の歌」でのアンサンブルの悪さも容易に予想出来ます。少なくとも、ネトレプコとレシュマンは入替えたほうが良かったのでは?別のサイトでシェーファーのケルビーノが丁寧で良かったという感想を読みましたがどうだったのでしょうか?ドン・ジョバンニのドナ・アンナ役を含めてシェーファーの方が気になります。
尚、先日、BSで放映されたガラ・コンサートの記事をTBさせて頂きました。ここでもネトレプコが登場していましたが、力づくの歌唱には違和感を感じました。もっとも僕としては久々にプティボンの新しい映像に出会えたので大満足でした(^o^)/

投稿: YASU47 | 2006/08/31 00:39

TBありがとうございます。こちらからもTBさせてください。

レシュマンもネトレプコもスザンナのイメージですね。

投稿: keyaki | 2006/08/31 03:09


>YASU47さん
TB&コメ、ありがとうございました。
そうそう、ネトレプコ、プティボンらが登場したガラ・コンサートがありましたね。録画したっきりになっちゃって、いまだ見てませんが・・・。

シェーファーのケルビーノは可もなく不可もなく、といった印象でしょうか。きっちりモーツァルトの様式感を出せる人だと思いますし、そつなく歌っていたとは思いますが、さすがにあの指揮の下では苦しそうだったかな。それに、「なんでいまさらケルビーノ?」っていう感じがしますからね^_^;;

>keyakiさん
こんにちは。相互TBありがとうございました。
そうですね。レシュマンも伯爵夫人というイメージではないですよね。そもそも、憂いが全然出ないし・・・。そう考えると、人気歌手を寄せ集めただけのひどいキャスティングですなあ、これは。なにやってるんだか・・・。

投稿: Orfeo | 2006/08/31 08:32

 一つ言えることは、スラブ系の歌手にとってモーツァルトは鬼門なんですね。
 どうして「清澄感に欠け」(Orfeoさん)、「骨太」(YASU47さん)に聴こえるかというと、多分スラブ系の歌手の発声に特有な微細なヴィブラートのせいじゃないかと思うんです。モーツァルトで定評のある歌手に較べてみるとよく解りますが、優れたモーツァルト歌いというのは、ヴィブラートがきわめて少ない発声をしてますよね。真っ直ぐな声…。1970年代のパリではマーガレット・プライスと若き日のキリ・テ・カナワがちょうど、まさにその手の美声でした。
 まあ、一概にスラブ系歌手の発声テクニックといったって、例えばチェコのルチア・ポップは完全に西欧式で(あすこには流派が二つあるみたいね…)、例のスラブ・ヴィブラートの無い発声なんで、モーツァルトやシュトラウスで重宝される。同じチェコでも、ヤナーチェクなんかを得意とする人たちにはスラブ・ヴィブラートがある…。
 だから、逆にスラブ・ヴィブラートを持たない西側の歌手たちがチャイコフスキーなんかを歌うと、何処かさっぱりし過ぎる感じになっちゃうでしょう…。だから、ルッジェロ様なんかがボリスに挑戦するというのは、端から見る以上の努力が必要なんだよね。イタリア系のあのさっぱりした美声にどうにかして深みを与えなきゃならない…。
 もう一つの例がオテロで、スラブ系のテノールで、オテロで成功する人が意外と少ないのもそのためじゃないかと?…。一見「骨太」に聴こえるけど、本当はそうスケールの大きな声じゃないんだよね。それで無理矢理やらせられて声を壊しちゃったり…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/09/02 18:49


そ、それっ!それでんがな~!(←どこの人間だ?)

ヴィブラートが掛かり過ぎて、旋律がすっきり聴こえてこないんですよね。あれではアンサンブルも合わないわけです。そうか、「スラブ・ヴィブラート」っていうんですね。勉強になりました^_^;;
それに、ネトレプコって、かなり声質が重くなってきてますよね。ちゃんとそれに合った役を歌うべきだろうなあ・・・。

投稿: Orfeo | 2006/09/02 20:15

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