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2006/08/19

愛すればこそ

夏休み・特別研究レポートNo.5

Dvdshizukanarukettou ▼黒澤明《静かなる決闘》(日本、1949)

監督:黒澤明/企画:本木荘二郎、市川久夫/脚本:黒澤明、谷口千吉/原作:菊田一夫/撮影:相坂操一/音楽:伊福部昭/美術:今井高一/録音:長谷川光雄/照明:柴田恒吉

藤崎恭二:三船敏郎
藤崎孝之輔:志村喬
松木美佐緒:三條美紀
中田龍夫:植村謙二郎
妻外樹子:中北千枝子
峯岸るい:千石規子
堀口伍長:宮崎準之助
野坂巡査:山口勇
看護婦今井:町田博子
アッペの少年:松本茂

時は太平洋戦争のさなか、日本軍占領下の南太平洋の島。若い軍医、藤崎恭二は手術中、ふとしたミスから小指を切り、その傷口から感染して、患者の陸軍上等兵、中田龍夫から梅毒をうつされてしまう。そして戦地を点々とするうち、恭二は薬もろくにないなかでその病気をこじらせてしまった。
やがて終戦を迎え、日本に帰国した恭二は、父孝之輔が経営する病院に復帰する。恭二の婚約者、松木美佐緒は生真面目で気丈な性格であり、戦中からすでに6年も恭二からの結婚の申し出を待っていた。だからこそ恭二は完治には長い年月のかかる(当時)梅毒に感染したことを美佐緒に言い出せなかった。暗く辛い人生に彼女を巻き込みたくなどないからだ。恭二は自分のことをあきらめるよう、わざと彼女に冷たくするしかなく、実の父、孝之輔からも美佐緒への仕打ちを責められていた。やっとのことで父には病気のことを打ち明けるが、それを看護見習いの峯岸るいに聞かれてしまう。そんなある日、恭二は偶然中田と再会するが、彼の妻、外樹子はその時、お腹に子どもを身ごもっていた・・・。

黒澤監督の大映映画第一作。性病という重いテーマを扱った異色作だが、戦場シーンから病院の中での手術、病室の場面に至るまで、その描写に隙はない。そんな中、なにより、三船敏郎の集中度が凄い。自己を厳しく抑制しながらも、必死に病気と闘い続ける主人公の姿は、求道者のようでもあり、気高く、かつ感動的だ。生きることを諦めず、だが愛することは諦めなければいけない男の悲しい姿、その静かなる闘い・・・。話の後半でとうとう恭二は爆発するが、その振幅がまた強烈だ。志村喬や千石規子といった周りを固める役者たちの好演も見逃せない。生きることとはなにか、人を愛することとはなにか、命の重さとはなにか・・・厳しく人間を追い詰めながらも、黒澤監督のヒューマニズムはやはり止まらない。

そういえば、この映画の冒頭、戦地での問題の手術の場面でも、例によって雨が降っています。雨漏りがする中での手術、なんですよね。だから恭二は手元を狂わしてしまったのかもしれません。この翌年、《羅生門》(大映映画)が生まれます。

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コメント

▼黒澤明『蝦蟇の油 自伝のようなもの』:「『羅生門』まで」章より)

 「静かなる決闘」で、忘れられない思い出は、そのクライマックスの撮影の事である。
 それは、主人公がじっと心の底へ押し隠していた苦悩を、堪えかねてぶちまける場面だが、当時としては異例に長い、五分以上かかるカットであった。
 その本番の前夜、三船もその相手役の千石君(規子)も、興奮して眠れなかったらしい。
 何か、真剣勝負をする前夜という感じで、私もなかなか眠れなかった。
 翌日、いよいよ本番という段になると、セットの中には、異様に張りつめた空気が漲った。
 私は、二台のライトの間に、両足を踏んばって、その本番を見守った。
 三船と千石君の芝居は、まさに真剣勝負の趣きがあった。
 二人の演技は、秒をきざむごとに、白熱して火花を散らし、思わず手に汗を握る思いだったが、やがて三船の目から吹き出すように涙がこぼれ落ち出した時、私の傍の二台のライトがガタガタ鳴り出した。
 私の身体が慄えて、踏んばった足の下の二重を通して、ライトを震わせているのだ。
 しまった、椅子に掛けていればよかった、と思ったがもう遅い。
 私は、両腕で身体を絞めつけるようにして、慄るのを堪え、ちらっとキャメラの方を見て、思わず息をのんだ。
 キャメラマンも、ファインダーを覗いてキャメラを操作しているのに、ボロボロ泣いているのだ。
 そして、その涙でファインダーが見えなくなるらしく、時々、あわてて片手で眼を拭いている。
 私は、胸がどきどきして来た。
 キャメラマンが泣き出すくらいだから、三船と千石君に演技は、感動的である事は間違いないが、そのためキャメラマンの目が見えなくなって、キャメラ・ワークが失敗したら元も子もない。
 私は、俳優の演技とキャメラマンの様子を交互に、というよりキャメラマンの方を殆ど見ていた。
 後にも先にも、ワン・カットがこんなに長いと思った事はない。
 キャメラマンが涙でクシャクシャの顔で、OKと云った時は、心底からほっとした。
 そして私は、まだセット中が張りつめた熱気に溢れているのに、酔ったようになって、自分でOKと云うのを忘れていた。
 私も、まだ若かった。
 今は、どんな感動的なシーンが、どんなに迫真的に演じられても、冷静に見ていられるようになった。
 しかし、それは少し淋しい気がする。
 私も三船も千石君も若かったからあのように興奮もし、あのような場面を撮る事が出来たのだ。
 今、もう一度あのシーンを撮れ、と云われても出来ない。
 そういう意味で「静かなる決闘」は、懐かしい作品である。

以上、copy &引用:CineKen2

投稿: CineKen2 | 2006/08/19 15:47

 これまた大昔に1度見たきりで、その後見る機会に恵まれていないフィルムなんですが、ここでの三船敏郎には驚かされました。なにせ「倫理感の強いインテリ」(黒澤:↑の引用箇所のすぐ前)という役柄なんだから驚きました。あと《醜聞(スキャンダル)》(1950)に引き継がれ、多分、《生きものの記録》(1955)…は老け役ですが…がこの系列かな?…。うん、この系譜の三船敏郎を見ていないと、あの人のイメージ、一面的になっちゃうよね。
 千石規子は、僕は《野良犬》でのピストル屋の情婦役がすごく印象的なんですが、戦時中は移動演劇の劇団で巡業してまして、ちょうど彼女が出産で休んでいる時、広島巡業をやっていた劇団が被爆して、休暇中の彼女だけ命拾いしたという人なんです。黒澤作品は計7本、溝口健二、衣笠貞之助、豊田四郎…随分重宝されてた人みたい。
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2006/08/19 15:52

 続きはこちら↓(リンク)へ。ドラゴン・ブログへ飛びます。
>http://orange.ap.teacup.com/magicdragon182/255.html#comment5425

CineKen2

投稿: CineKen2 | 2006/08/19 16:38


>CineKen2さん
またまた興味深い引用、ありがとうございました。う~ん、やっぱりあの三船大爆発のシーンはインパクトが甚大、というか、大捕り物(?)だったんですねえ。演ずるほうも必死、撮るほうも必死・・・その緊迫の状況がよく伝わってきます。

千石規子は本当いい役者さんですね。ヒロインの(筈の)三條美紀がすっかり霞んじゃってるし・・・。

投稿: Orfeo | 2006/08/19 17:42

こういう重いテーマの映画があるとは知りませんでした。

配役表の
>アッペの少年
というのが、、、この頃はアッペというのが普通だったんでしょうか。

この研究レポートは、続きがあるんでしょうか。どうなるのか知りたいです。お腹の子は母子感染してなかったのかな?

今ならさしずめエイズということですけど、梅毒って、いつ頃から直る病気として認識されるようになったんでしたかしら。私がものごころついた頃には、直る病気でしたけど。
まあ、治る病気と分かっている今でも、梅毒という病気には、未だに偏見がつきまとっていますけど。 

投稿: keyaki | 2006/08/20 08:53


keyakiさん、どうもです。

「アッペ」って、いちおう医療用語だから、今でもお医者さんたちは使っているようですね。英語の正式名で"acute appendicitis"、いわゆる盲腸=急性虫垂炎のこと。この映画の頃は、一般的に使われていた、のかな?その頃まだ生まれてないので、さっぱり分かんないや・・・。きのけんさんだったら分かる?(笑)

この映画の結末はちょっと衝撃的なので、ストーリーを詳しく載せるのは憚られるんですが、お腹の子は結局死産、しかも奇形児だった、という話になります。もちろん、映画の中ではその無残な姿を出すようなことはしませんが・・・。

投稿: Orfeo | 2006/08/20 10:30

一般人は、アッペなんて、医療用語は使わないとおもうんですけど、そうか、お医者さんの話なんで、映画の中の会話に出てくるので、そうしたんですね、、と自分で納得しました。
盲腸といえば、小学校の時に、姉が急性虫垂炎で入院したんですけど、朝礼の時に全校生徒にお知らせがあったんですよ。ニュースだったみたいです。(笑
で、盲腸って、連鎖反応を起こすらしくて、その後、けっこう盲腸の手術で入院する子がいたとか、、、

結末ありがとうございます。奥さんにはうつってなかったのかしら。
医療事故って多いんですよね、注射針が刺さる事故も多くて、劇症肝炎で数日後に亡くなったり、、

投稿: keyaki | 2006/08/20 11:12


・・・母体は無事でしたので、ご安心を(?)。なお、ヒューマニスト黒澤監督はそこで話をぶち切るようなことは勿論せずに、その後、るい子の赤ん坊をあやす孝之輔のシーンを挟み、また別の患者の手術に取り組んでいる恭二の姿を映し出して、「終」となります。

投稿: Orfeo | 2006/08/20 13:39

▼黒澤、溝口、小津

 ちょっと長いけど、「研究レポート」だからまあ、いいでしょ(笑)。こっちは CineKen2版「研究レポート:1940年代の溝口健二」〔近日アップロード)からの抜粋です。

▼溝口健二《夜の女たち》(日、1948)

 …そう、「ヒューマニストという泣き虫」を自認する黒澤明とは対蹠的に、溝口健二は怖いですよ。あんまり怖すぎて(笑)、僕なんかは、おおまた始まったぜい!…なんて笑っちゃうんですが、こっちも梅毒が出まして、こっちじゃ、田中絹代さんが、この世の男という男に全部病気を移しちゃうんだ!、なんて宣言するんだから、たまったもんじゃないですな。どうしてそんなことになったのかというと、彼女の妹で、敗戦後朝鮮から大阪に帰還してキャバレエの踊り子になってる妹の高杉早苗さんが絹代さんの愛人の永田光男社長とできちゃって、そいつから病気をいただいちゃうんですわ。おまけに、彼女はその社長の子供を宿しているというお話。
 まったくもう、溝口健二ってのは、こういう話が三度のメシよりも大好きで、話が廓だとか、赤線だのになると、途端にハッスルしちゃうんだからまいっちゃいます。絹代さんはご主人が外地から帰征してくるのを待ち、焼け出されて実家に仮寓してるんですが、溝口では例によって例の通り親父は酒浸りでグータラしてて、絹代さんは乳のみ児に飲ませるミルクを買う金もない。例によって、これでもか!とばかり、おまけにこの子は小児結核だと診断されている。着物を売りに行った闇屋のおばさんなんかは、実入りのいい仕事があるよ、なんて暗に売春を勧めるんだけれど、旦那が生きていると信じている間、子供だっている絹代さんはもちろんそんな気なんて全然ない。ところが、やっぱり溝口節が始まっちゃいまして、結局赤ん坊は死に、旦那の方は戦死していたことが判る。
 独りになった絹代さんは実家を出て、アパート暮らしを始めるわけですが、そこに現れたのが 永田光男さんという会社社長で、美人の絹代さんに目を付け、早速秘書に雇う。なにせ溝口だから、強引に事が運び、セクハラなんて面倒臭いことは全然なくて、永田社長はいきなり絹代さんを押さえつけてコトに及んじゃう。そう、《祇園囃子》(1953) で木暮実千代が河津清三郎…だったかな?…に身を任せるシーン、あれなんか溝口としちゃあ上出来、随分進歩したもんなんですよ!…。ただ、絹代さんのアパートには、キャバレエの踊り子になって、収入は社長秘書の絹代さんよりもいいらしい早苗妹が同居してるわけよ。元来放埒な永井社長が今度はこちらに目を付け、会社に社長がいない時絹代さんが帰宅してみると…だね。
 これにもう一つ、こちらもえらく陰惨な話がくっついてまして、実家の娘、角田富江さんというのが、これまた…、貧乏が厭で実家を飛び出しちゃうんですが、これが大阪駅前で学生アルバイトのポン引き青山宏に引っ掛かりまして、そいつが娼婦の斡旋屋をやってるんだよね。これまた溝口一流の強引ぶりで(笑)、青山不良学生が角田さんを曖昧宿に連れ込んで、押さえつけて無理矢理ビールを飲ませてレイプしちゃう。ようやく逃げ出したと思うと、今度は娼婦の一群に襲われ、身ぐるみ剥がれ、無理矢理「夜の女」にさせられちゃう。ここいら辺り、まるで「にっかつ」ならぬ松竹ロマン・ポルノなんだよね。
 その永田社長ってのは、闇で麻薬の密売なんかをやってるいかがわしい会社の社長なんですが、これが早苗妹にまで手を出したってんで絹代さん逆上する。逆上してどうするのか、というと、これまた「夜の女」になっちゃう(笑)。こうして出奔しちゃった絹代姉さんを捜して早苗妹が心斎橋近辺を彷徨いていると、警察の娼婦狩りに遭って留置所入り。そこに居たんですよ、絹代姉さんが…。ところが、そこで強制的に身体検査を受させられると、早苗妹が梅毒に冒され、おまけに社長の子供を身籠もってもいるという事実が知れるというわけだ。
 さすがの溝口健二も、これじゃああまりに陰惨だと思ったんでしょ、ここに登場するのが「純潔の家」とかいうその手の女性の更正施設で、絹代姉さんは早苗妹をここに収容して…、まあ、ここの玉島愛造院長だって、立派なことを言ってますが、なにせ溝口のことだから、何やら助平っぽい脂ぎったオヤジなんだけど、まあそれはいいとして、絹代お姉さんが夜の街に戻っていくと、仲間から集団暴行を受けている女の子がいる。それが実家の娘、角田富江ちゃんだったんです。あーあ、あたしたち貧乏な女はお先真っ暗だわね…。

 いかにも溝口健二ならではの話なんで、まいっちゃうんですが、もう一人、大家が似たような話を撮ってるんだね。小津安二郎の《風の中の牝鶏》(1948)。こっちも同じ田中絹代さんで、こっちも同じように戦争から旦那佐野周二が戻ってこない。こっちも着物を売って食いつないでる間に、うん、こっちでもその古着屋のオカミが売春斡旋をやってて、子供が赤痢に罹って入院しなくてはならなくなり、苦し紛れに一度だけ売春に走っちゃう。ようやく帰征してきた佐野周二夫が、それを知って悩む…という話。佐野夫が下宿の二階で絹代女房を突き飛ばし、絹代さんが階段を二階から下まで転がり落ちるという、小津全作品中最も暴力的なアクション場面があるんで有名なフィルムなんですが、さすが小津安二郎は、溝口、あるいは、さすが溝口ほどではないにせよ黒澤のようにメロドラマ的状況を無理矢理でっち上げ…ということはせず、すべてを佐野夫の内面の苦悩に押し込んじゃうわけですが、やっぱり違うなあ…と思わせるのは、物語に一途の希望を導入する箇所なんだ。溝口の場合、「純潔の家」なんちゅう女性更正施設が出てきちゃうところ、やっぱり小津らしい持って行き方なんだよねえ…。佐野夫は絹代妻がたった一度だけ売春をやったというその家に行ってみる。そうすると少女みたいな女の子が出てきて、自分はその娼家の隣にグランドのある小学校出身だ、なんて言うんです。いたたまれなくなった佐野夫は金だけ払って出て行っちゃうんですが、近くの川岸に出てみると、その少女が河辺に腰掛けて独りでお弁当を食べてるんですね。
 ここがやたら美しいんだ!…。小津さん、やっぱりこういう箇所で自分がいちばんグッとくる構図を撮るんだよね。その少女と佐野夫が堤防に二人並んで腰掛けてお弁当を食べるんだよ。普通、小津ではこの構図は父と息子なんだけれど、ここでは佐野(…も父だよね)とその娘みたいな女の子なんだ。そう、《浮草物語》(1934)で親父坂本武と息子三井秀男(後に改名して「弘次」)が並んでハヤ釣りをする場面、そう、リメイクの《浮草》(>13 : 1959)でも中村雁治郎の父と川口浩の息子が並んで海釣りをしてます。《父ありき》(1942)が戦前の小津の代表作と呼ばれるのも理由のないことではなくて、こっちでは三度もこの構図が出てくる。一度は少年時代の息子津田晴彦と父笠智衆が上田城の城壁の上に並んで腰掛ける場面、次にこの二人が千曲川で 《浮草物語》同様の川釣りをする場面、またまたさらに、今度は鬼怒川温泉で成人した同じく佐野周二息子が笠智衆親父と並んで釣り糸を垂れてる。そう、溝口ほどこれでもか!ってところはないですが、小津としてはかなり陰惨な話に一縷の光明を入れる時、小津だったらこういうやり方をするんだよね。小津のイマジネールの中ではこの場面で佐野夫は絹代妻を赦しちゃってる。だから、本当は、絹代妻は階段を転げ落ちる必要はなかったんだよ。同様に《早春》(1956)で、笠智衆上役と池辺良旦那が瀬田の大橋の下に並んで腰を下ろす時、池辺夫は、もう岸恵子との浮気の非を悔いて、淡島千景女房との結婚生活をやり直す気になってる。…そう、だからあれが感動的なんだよ!、《東京物語》(1953)の熱海の海岸の堤防の上に並んで坐る笠智衆と東山千栄子老夫婦。あの場面で東山千栄子が軽い目眩を感じたことが、老母の死の伏線になっているもんで、小津はあのフィルムを、自分の作品の中で最もメロドラマ的要素の強い作品と断じてるんだよね。
 そうなんだ、必ずしも小津の絶好調とは言えない《風の中の牝鶏》と溝口のこれや黒澤の《静かなる決闘》を較べちゃうと、小津安二郎の例外的なスゴさというのが如実に判っちゃうんだよね。実際ホント、あの人ほど潔癖にメロドラマ的要素を排除しちゃう人はいない。溝口のように、これでもかこれでもか、とばかりメロドラマ的状況を次から次に持ち出してくる必要も感じていないし、黒澤みたいに「重いテーマ」を持ち出して、「ヒューマニストという泣き虫」を演じてみせることもない。ただ、河畔の堤防の上に、佐野周二と娼婦の女の子を二人坐らせ並んで昼のお弁当を食べさせるだけ。それだけで、言いたいことを全部言っちゃうんだからねえ…。これほど、抒情というものを徹底して醒めた目で見据えてる人も、特に日本の映画史では他に例を見ないでしょう…。黒澤は「今は、どんな感動的なシーンが、どんなに迫真的に演じられても、冷静に見ていられるようになった。しかし、それは少し淋しい気がする」と言うんだけれど、小津の場合は、そういう問題は成り立ちさえもしないんだよね。それが小津安二郎の恐るべきスゴさなんです。
(2006年08月19日、Champo-Espace Jacques Tati)
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2006/08/27 17:13


>CineKen2さん
うわあ、力作レポートありがとうございます。これ、新規記事として出させていただきたい内容ですが、そちらのほうで近日アップロードなさるようなので、それを待ちたいと思います。

でも、こう読み解いてくると、黒澤、溝口、小津の三人の資質の違いが明確になってきますねえ。とても興味深いです。

投稿: Orfeo | 2006/08/27 18:32

 そうなんです。《風の中の牝鶏》は専ら、佐野周二に突き飛ばされて田中絹代が階段を転がり落ちるあの場面だけが有名で、あの運河の堤防に並んで坐ってお弁当を食べるシーンなんて、誰も見てないんだよねえ!…。ほんと、僕なんか、あすこで、ドッと泣きましてねえ…という箇所なんだけど。
 Orfeoさんとこの「研究レポート」を真似して始めた40年代の溝口シリーズに出る作品は
▼ 《名刀美女丸》(日、1945)
▼《歌麿をめぐる五人の女》(日、1946)
▼《女優須磨子の恋》(日、1947)
▼《夜の女たち》(日、1948)
▼《わが恋は燃えぬ》(日、1949)
で一両日中に全部アップロードします。
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2006/08/27 19:45


・・・うおっ!?なんか、女、女、女、女・・・って感じですね(笑)。
期待してます^_^;;

投稿: Orfeo | 2006/08/27 21:21

CineKen2-FORUM (BBS) No. 1311(>リンク "CineKen2"下線から続く

>千秋実=僕は黒澤さんとこ行って「僕の劇団にも書い
>てくれ」って頼みに行って黒澤さんとお会いしたのが
>初めてなんです。
> そうしたら、「君の劇団、僕はよく見てるよ」と言
>われて「えー」って訳で、それは初めて知ったんで
>す。
> 「君の劇団には僕も書きたいな」って。(…)その
>時劇団でやった「堕胎医」という芝居を「静かなる決
>闘」という題名にして大映で映画化したんです。
>(黒澤明研究会編『黒澤明を語る人々』)

 …というわけで、これ、かなり芝居がかってるんだよね。その千石規子さんも、元はといえば新劇出身で、戦時中は移動演劇隊というのに所属して全国を廻ってた。ところが、彼女が出産で休んでいる間、広島で公演していた劇団が被爆、彼女命拾いしてるんだよね。というわけで、かなり演技のできる人で、だから芝居がかってる。…その、上の引用で触れている場面(投稿 CineKen2 | 2006/08/19 15:47)をもう一度見直してみると…これがイマイチなんですわ。それは両者共大熱演で気合入ってることは確かなんだけれど、いまいち映画的じゃなくて、劇場中継みたいな印象なんだよね。このフィルムでは、その芝居がかってるところを千石規子さん自身が担っちゃってるわけよ。逆に例えば、三船敏郎医師が植村謙二郎に、オレの梅毒はお前の手術中に感染したんだと彼自身に向かって告白する場面があるでしょ。あすこなんか、やっぱし黒澤は映画人なんだなあ…と思わせるわけよ。あすこで黒澤は彼ら二人にちゃちでまだるっこしい心理的な演技なんか要求してないわけ。告白を聴かされた植村謙二郎が立ち上がって、テーブルのウィスキーの瓶を引っ掴んで大騒ぎを始めるわけよ。映画ってのは、あくまでアクションで表現しなくちゃいけないんで、ここを顔の大写しで表情の表現をやっちゃったりしたら、それはテレビになっちゃうわけよ。で、どういうわけか千石規子さんだけ、やけに芝居がかってるの。

Orfeoさん(投稿 Orfeo | 2006/08/19 17:42):
>ヒロインの(筈の)三條美紀がすっかり霞んじゃってる

 そりゃそうなんで、迫力が違う。ただ、こここでの千石規子さんの迫力はむしろ演劇的なものなんで、どうしても映画的な迫力に転換されていない印象が強いわけよ。こんな主役級じゃなくても、《野良犬》(1949)のピストル泥棒の女とか《酔いどれ天使》の方が映画的に撮れてるなあ!…なんて(笑)。それにしても三條美紀さん、やり難かったと思いますよ。だって、製作の本木壯二郎(銀座ミキモトの御曹司だね)はじめ、ほぼ全員東宝の人で、三條美紀というスターを一人使ったもんで、これ大映なんだよね。つまり、彼女一人ヨソ者なんだよね。それにやっぱり黒澤明は行動的な…ということはすなわち映画的な女優さんの方が好きなんだよね。額縁に入ってるような所謂美女ってのは嫌いなんだ。奥さんの矢口陽子さん、《酔いどれ天使》の木暮実千代さん、《生きる》(1952)の小田切ミキさん、《隠し砦の三悪人》(1958)の上原美佐さん…、否、《どん底》(1957)の香川京子さんだって、行動するからこそ魅力的なんだよね。おまけに、「ビルドゥンクスフィルム」を背負ってる千石さんが、ちょっとグレで突っ張ってるうちは未だいいんだけど、三船医師に心酔してから、看護婦の試験を受け、正規の看護婦になっちゃってからが優等生的でつまんないの!…新劇の女優さんたちってのは、本来ちょっとああいうとこがあるんでしょうけど、ああも優等生になっちゃうと、こら、つまんなくて、全然魅力ないんだよねえ…。
 初っ端から豪雨。ま〜た雨振らせてやんの!…と思うと、案の定、野戦病院での手術中、メスで指を怪我した三船敏郎軍医殿に植村謙二郎患者の梅毒がうつっちゃう。のっけから大雨なんで、今にして思えば、のっけから黒澤は「オレは黒澤明だ〜ぁ!」とやってるわけよ(笑)。そう、《羅生門》(1950)と同じだね。そして、その後、戦時中の野戦病院の場面から戦後の親父志村喬の病院に移っていく場面転換に笛が鳴ってる。以前ここで《影武者》(1980)で武田信玄が射られ致命傷を負う高天神城の場面とジャン・ルノワール《大いなる幻影》(>589 : 1937)でジャン・ギャバンとマルセル・ダリオを脱走させるためピエール・フレネイが捕虜収容所の城壁の上で笛を吹く箇所とを短絡させてますが…そうか!、その間にこれが入るんだね。《姿三四郎》(1943)で疎水を流れていく下駄で時間の推移を画にしてみせたのも見事だと思ったけれど、ここで黒澤はチラっとルノワールにオマージュを捧げているんだよね。そう、黒澤明ってのは、《二十世紀ノスタルジア》(1997)の原将人が広末涼子ちゃんにゴダールの《勝手にしやがれ》のビデオを掛けさせちゃうとか、《Shall weダンス?》の周防正行が顕さまに小津に目配せを送ってる…とか、《あっちは何時?》 (台湾=仏、2001)の蔡明亮がトリュフォーの《大人はわかってくれない》だったり…という、ああいう下品な真似はしないの!…。つまり、ああいう場面転換で、チラっと《大いなる幻影》をやってみせてルノワールに秋波を送る…という、小津安二郎のエルンスト・ルービチに対する秋波の送り方…とか、あの時代の人たちは奥床しくて泥臭くないんだよねえ!(笑)…。オレはゴダール知ってるぜ、小津知ってるぜ、トリュフォー知ってるぞ!…という鳴り物入りじゃないんだよね。そうじゃなくて、もうちょっと蔭糜な、シネフィル同士で判りゃいいや…って突っ放してるような奥床しさなんだよね。ピンと来る人はピンとくればいいし、そうでなくたって一向に構わない。そう、それでいいんだ!…。

 ただ一つ、また三條美紀の話に戻るけど、彼女と三船医師の別離の場面に大雨を降らせるかねえ?…。ちょっとここは取って付けたような具合だなあ…。黒澤ゴアとしては、そういう見方はいけないとは思いつつも、さあこれから、また何か始まるぞ…と期待しちゃうと…あっさり期待外れ。そのすごい泥濘の泥道を去っていく三條美紀さんを見送っているのが規子看護婦。今度はその千石規子さんと三船医師との間が…なんてまた期待すると、なにせ規子ちゃんは模範優等生に変貌しちゃってるし、三船ちゃんは理想家肌だし…、もうつまんないんだよね(笑)。うん、これがもし《夜の女たち》(> 1094-1108 : 1948)の溝口健二だったら?…、そら勿論、千石規子さんなんか一番危ないじゃない(笑)。全員梅毒に罹ってたりしてね(爆)…。あいつ、意地悪いからねえ…。
(2001年02月11日:CaTV日本映画専門チャンネル)
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2007/02/12 14:21


・・・長文、ありがとうございます。
あまりに長文過ぎて、なににどう答えればいいやら?という感じ(笑)。

演劇的表現と映画的表現の差異というのは、とても興味深いテーマですね。ここら辺は是非もっと掘り下げて論じ合いたい部分です。CineKen2さんの言わんとするところはよく分かりますが、「映画はアクションだ!」で、本当いいんすか?まあ、ハリウッド映画ならぴったり当てはまりそうですが、そうじゃない映画だって、いっぱいあるでしょ?

黒澤監督が雨にこだわるというのはまさにその通りですよね。ホント、よく降らせる!ああいうところは、やはり自然に同化して感情移入させるという、とても日本的な表現だと思います。

投稿: Orfeo | 2007/02/13 13:19

>Orfeoさん:
>「映画はアクションだ!」で、本当いいんすか?

 そうじゃないの!…いいか、悪いか?…って倫理的かつ道徳的な話ではそもそもないの!…。内容だの、話の筋ばっかり追っ掛けてると、スクリーンにあっけらかんと示されているものが、逆に見えなくなっちゃう…ということがここで問題になってるわけよ。…だから「雨」なんだよ。だから、それが「自然に同化して感情移入させるという、とても日本的な表現」かどうかは、ここではどうでもいいの!…。同様に、それが何を表現しているか?…もどうでもいいの!。ただ雨が出てる。映画にとってはそいつを見ることの方が、それが何を意味しているか?…なんて問うことよりも、大切なんだってことよ。
 ただし「日本的な」というのはまさにその通りで、黒澤的風土というのは、あのカリフォルニアみたいにカラッと乾いた小津的風土よりよっぽど湿った日本的風土であるわけで、内容や物語ばっかり追い掛けてる人には、それが逆に見えるってことこそ、ここで問題にしている点というわけだ(笑)。

>ハリウッド映画ならぴったり当てはまりそう

逆説的にも、事実はその逆なんだから面白いってことよ。最近のハリウッド映画がつまんないのは、まさにアクション=動きってものに不足するからなのよ。一生懸命物語ばかり語ろうとするだけで…。アクションだって、物語に従属する形でしか出てこない。こんな退屈至極なものはないわけよ。そこから逸脱し、過剰を形成するものが、フィルムの経済論理によって排除されちゃうわけよ。
 それにしても、Orfeoさんともあろう者が、「自然に同化して感情移入させるという、とても日本的な表現」なんて教科書みたいな凡くらなことを平気で書くかねえ?…。う〜ん、さすがの Orfeoさんでも、ごくたまには CineKen2並に凡庸なことをついうっかり書いちゃったりするわけだ(爆)。
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2007/02/14 18:31

…ついでに、ゴダールを引用しときましょう。

>(…)
>ジャン=ポール・ベルモンド=僕はいつも、映画って
>何だか知りたかったんですよ。
>サミュエル・フラー=映画ってのは戦闘みたいなもの
>なんだ。愛、憎しみ、アクション、暴力、死。一言で
>言えば感動!
>ジャン=ポール・ベルモンド=ああ!。
>(…)」
>(ジャン=リュック・ゴダール《気狂いピエロ》)

ああ!(爆)
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2007/02/14 18:41


・・・だって、人間だもの・・・(爆)。

でも、ずいぶん即物的な言い方にも思えるけど。黒澤が《素晴らしき日曜日》の中でまた雨を降らせて、話の転回点に用いるところなんざ、やっぱ日本人!と思いますよね。

私にとって悲しいことは、最近のハリウッド映画って、ほとんど見取らん・・・(泣)。おっしゃることは、要するに、あまりにストレートになりすぎている、ってこと?あっ!そうだ!!あの《サハラ 死の砂漠を脱出せよ》は、ダッセーと思ったな!(爆)。

投稿: Orfeo | 2007/02/14 19:07

>《サハラ 死の砂漠を脱出せよ》は、ダッセー

 あっ!…それは言っちゃいけなかったんじゃなかったっけ?…。Orfeoさんが光を入れた時に、デモで送ってきたとか?…で。
 当時パリでも、地下鉄の各駅毎にでかい広告が出てて…、でも、Orfeoさんがケなしてたから、結局見なかった(笑)。
 でも、ハリウッドだって、クリント・イーストウッド様がいる限り、未だ大丈夫です。
CineKen2

投稿: CineKEN2 | 2007/02/15 12:59

…あったぞ!
http://members2.jcom.home.ne.jp/kinoken2/cineken2/cineken2_cont/cineken2_archive/forum0503.html#217

>なにせブログを通じて試写の話が舞い込んできたので、ブログ上で露骨な批判
>はどうにもしづらくて

ほれ、やっぱしそうだった!
CineKen2

投稿: CineKen2 | 2007/02/15 13:09


・・・時効だってば(爆)。

投稿: Orfeo | 2007/02/15 14:38

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