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2006/04/13

『後宮からの誘拐』(チューリヒ歌劇場)

Dvdkoukyuuzurich DVDライブラリーより。

様式的にはエファーディングの舞台(cf. バイエルン州立歌劇場『後宮からの誘拐』)によく似ている。白を基調とした、すっきりとした瀟洒なセット。それが左右に開くと向こうに海が・・・なんてことはないけれど、まあ、常套的な舞台だといえる。キャストの中には、ハルテリウスやムフといったチューリヒの常連に混じって、我らが(ってなんだ?)フランス期待の星、パトリシア・プティボンが登場している。このブロントヒェンが強烈にいいです。キレのいい歌い回しはもちろん、そのいかにもオキャンな感じの演技っぷりも最高に楽しい。一方、ミンコフスキのザルツブルク音楽祭でのプロダクションでそのブロントヒェンを歌っていたハルテリウスが、ここではコンスタンツェをしっとりと歌い上げていて、その対照の妙が面白い。惜しむらくは男声陣がやや平凡なところ。とりわけ、オスミン役のムフがいまいち押しが弱い。この人、なんかいい人っぽいからなあ・・・。語り役だが、ちょっぴりお歳をめしたセリムのブランダウアーのほうは、かなりなよなよっとした雰囲気を醸し出していて、とても真面目にコンスタンツェを口説くような人物には見受けられない。とはいえ、なにせ演出しているのがホ○で有名なジョナサン・ミラーだと考えると、それはそれは空恐ろしいものがある(笑)。ケーニヒの付ける音楽も流れ過ぎて、タメがさっぱり効いていない。あっさり進んで、最後あっさり終わる。今風ではあるが、どうにも興趣に欠けるのは否めない。

映像に関してひとことだけ。時折無意味なクローズアップや舞台裏で出待ちしている歌手の姿などを挿入していますが、まったくもって邪魔。

★★★

セリム・パシャ:クラウス・マリア・ブランダウアー
コンスタンツェ:マリン・ハルテリウス
ブロントヒェン:パトリシア・プティボン
ベルモンテ:ピョートル・ベチャーラ
ペドリルロ:ボグスワフ・ビジンスキ
オスミン:アルフレート・ムフ

合  唱:チューリヒ歌劇場合唱団
管弦楽:チューリヒ歌劇場管弦楽団
指  揮:クリストフ・ケーニヒ
演  出:ジョナサン・ミラー

[  収録:2003年6月22日、チューリヒ歌劇場  ]

*画像提供=YASU47

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コメント

>映像に関してひとことだけ。時折無意味なクローズアップや舞台裏で出待ちしている歌手の姿などを挿入していますが、まったくもって邪魔。

これは見ていませんが、チューリッヒではこの手の映像が他にもあります。ブライアン・ラージも吃驚!というかブライアン・ラージはましですね。

舞台裏で出待ちしている歌手の姿などを挿入ももちろんありますが、楽屋で自分で衣裳をお着替えしている姿とか、ペットボトルで水を飲んでいる姿とか、それが、しかもどうでもいい部長タイプのおじさん歌手だったりで興ざめ、、、、
超大物歌手しか衣裳係はつかないのかいな?と疑問を感じました。
まあ衣裳といえるようなものではなくて、そのまま街に出て通勤電車に乗ってOKの格好でしたけどね。

更に、楽器当てクイズかとおもえるような楽器の一部分のアップを頻繁に挿入、
更に、2人で向き合っている場面で、延々と歌ってない方だけを写したり、、、、
ひどいのなんのって、あきれちゃいました。

なんのDVDかって、、、えぇーーなんだっけ、トレンチコートに杖を持ってたかな、タンホイザーだったと思います。

投稿: keyaki | 2006/04/13 13:13


keyakiさん、どうもです。

なるほど、チューリヒにはトンデモ映像監督がついているみたいですね。この『後宮』でも、歌ってる歌手そっちのけで、あらぬ方向をずっと映したり、コーラスの衣裳の一部を局部的どアップで狙ったり・・・本当わけわかめ、ですわ(笑)。

投稿: Orfeo | 2006/04/13 17:20

 このオペラで、演出家の才覚を判断できる場面が一箇所あります。あすこをどう処理しているかで、そいつがどのくらい演劇センスがあるか知れる…。第二幕のコンスタンツェの大アリアの前奏曲の部分。あれがめったやたら長いでしょ。あれはモーツァルトが初演を演った歌手にイヤガラセをしたに違いないんだけど、あのくそ長い前奏曲の間、彼女は馬鹿みたいに手持ちぶさたに突っ立ってなきゃいけないわけよ。ありゃ意外と大変なんだぜ。この間どうしてましょうか?…なんて歌手に訊かれても、大抵の演出家は、どうしましょうねえ?…なんて困っちゃうんだよね。ストレーレルはあっさり幕を閉めちゃったけど…。

 へえー、クラウス=マリア・ブランダウアーのセリムですか!…。あいつ、映画で見ると、ちょっと気持ち悪い男だけどね(笑)。上にもベーム指揮のエファーディンク版が出てきますけど、パリのレンネルト版では息子ベーム(カールハインツ:《シシ…》でロミー・シュナイダーの相手役を演ったあいつ!)が出てきて親子共演でした。INDEXで見ると、意外とこの役に面白そうな役者を使ってないんだね。

 でもさ、舞台中継をそのまま出すってところにそもそも無理があるのよ!…。だから、撮ってる方ではつまらないから、色々やってみたくなる。製品化しようというんなら、本当は、バイロイトみたいに録音、録画用の特別公演を組んで撮影すべきなんだよね。ヴィデオ作品としても中途半端だし、公演ドキュメントとしても中途半端。ブライアン・ラージみたいにオレは中継屋だって割り切っちゃえばいいんだろうけど…。ただ、あの人は演劇のことは何もわからない人だから演劇部門の演出家からは敬遠されるよね。わざわざ劇中劇に作っているところを撮ってなかったり、僕の見たシェローの《ラインの黄金》では最後にローゲが幕を引っ張ってきて閉めるという肝心の箇所が抜けてやんの!。シェローも当時文句言ってたから、今出てるのにはくっつけてるかな?…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/13 20:50


きのけんさん、どうも。

>第二幕のコンスタンツェの大アリアの前奏曲の部分

うん、このへんの処理はさすがにジョナサン・ミラー、上手いですよ。三方を壁で狭く塞いだ空間の中で、前奏曲が流れる中、「気持ちの悪い」ブランダウアーがハルテリウスに詰め寄り、彼女を壁に押し付け、無理やりキスしようとします。寸前で顔を背け、拒むハルテリウス。が、またブランダウアーのほうに顔を向け、見つめ合い、あわや唇が触れ合うかという寸前までいき、でもやはり彼女は逡巡し、結局その場を離れ、舞台奥の扉から出て行こうとします。が、扉の前で立ち止まり、またブランダウアーのほうを向き、そして〈大アリア〉。

アリアの途中も「気持ちの悪い」ブランダウアーが身を寄せてきて、しつこく絡み合います。そしてハルテリウスが歌い終わるやいなや、とうとうブランダウアーは彼女の唇にぶちゅう~!と強烈なキス(・・・おえっ)。その後、可哀想なハルテリウスはその身を離し、今度こそ本当に奥の扉から消えていきます。

コンスタンツェの微妙な心情を浮き彫りにする、なかなか見事な演出だと思います。気持ち悪いけどね(笑)。

投稿: Orfeo | 2006/04/13 22:07

この後宮は見てませんけど、あのタンホイザーはすごいというか、ひどかった・・
keyakiさんのおっしゃってる通りです。ああいうのはいくらなんでも初めてでびっくりしました。

>今出てるのにはくっつけてるかな?…。
レーザーディスクで見ましたけど、くっついてます^^;
最後にローゲが幕を引っ張ってきて閉めてます・・・

投稿: edc | 2006/04/13 22:29

Orfeoさん
チューリヒの「後宮」の記事を面白く拝見しました。私も「我らが」プティボンの「我ら」のひとりです(^^;)。この映像盤の演奏や演出に格別の面白みは感じなかったのですが、プティボンには一発でノックアウトされてしまいました。ついには以下のURLに彼女のページを作ってしまいましたのでミーハーなオペラファンはお越し下さい(^^;)。
http://www.d1.dion.ne.jp/~kawaiys/sub44.htm
尚、同じプティボンがブロンデを演じている「後宮」のCDではオケがクリスティとレザールフロリザン、コンスタンツェがC・シェーファー、ベルモントがI・ボストリッジと最高の布陣で、事実、実にキレの良い演奏です。「我らが」プティボンはCD録音でも映像盤同様に自由奔放な歌唱を披露しています。
「後宮」は若きモーツァルトの息吹が感じられる大好きな作品です。舞台演出ではもっと冒険をしてもいいですよね。

投稿: YASU47 | 2006/04/14 00:21

Orfeoさん:
>気持ち悪いけどね(笑)。

 …うん、さすがにジョナサン・ミラーはブランダウアーの持ち味を見事に活かしてるみたいね。やっぱしタダ者じゃない?…。

YASU47さん:
 …そうそう、あのクリスティーの《後宮》はなかなかのものだったですよね。彼がクラシック物に進出して、ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》あたりまで手を広げていた頃、モーツァルトなんかも、どこかピンとこなかったものなんですが、あの《後宮》で見直しちゃったよ。…そうか、あの時のブロンドヒェンがプティボンだったか!…。デビューしたてでしたよね。

edcさん:
 やっぱりくっついてましたか!…。TV放映の時、あれが無かったもんで、シェローがさかんに怒ってたもん。要するに、ローゲが神々に就いて行くか、行かないかの重要なところだからね。パリのペーター・シュタイン版では、ローゲがさんざんぱら迷いに迷って、結局だいぶ遅れて神々を追い掛けていく…。その後、火が出る箇所すべてに係わっていく問題の箇所だから、余計気になったんだね、きっと…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/14 02:57


>edcさん
どうもです。
そこまで言われると、その『タンホイザー』の映像、なんだか見たくなってきたなあ!(笑)

>YASU47さん
いつも画像を使わせていただいていて、恐縮です。TB&コメント、ありがとうございました。

プティボン、いいですよね。私はもちろんミーハーなので(えっへん!)、早速そちらにお邪魔させていただきました(笑)。CDや映像もいいですけど、生プティボン体験を早くしてみたいものです。
『後宮』は私も大好きです。『魔笛』なんかより、断然イイ!でも、なかなか「これぞ!」という演出には巡り合うことが出来ませんね。今後に期待しましょう。

>きのけんさん
うん、やっぱりタダ者じゃないみたい^_^;;

投稿: Orfeo | 2006/04/14 08:13

>『後宮』は『魔笛』なんかより、断然イイ!

世の中の常識(?)に背いた大胆な発言に賛同致します(^^;)。『魔笛』を楽しもうとすると余計な理屈が邪魔をします。フランクフルトとヴィスバーデンで『魔笛』を観た時には家族連れが多く、かの国ではメルヘン『劇』として定着していることを感じました。一方、『後宮』では理屈抜きに音楽の息吹を感じることが出来ます。大アリアはその規模と内容において夜の女王のアリアを凌ぎますし、捕われたベルモントとコンスタンツェの二重唱は感動的です。オスミンやブロンデの歌とキャラは人間味に溢れています。
音楽に合せ、演出は大胆なものがいいですね。好みは分かれるでしょうが、私はザルツブルグとシュトゥットガルトのものが好きです。どちらも元気がいい!


投稿: YASU47 | 2006/04/14 21:39


YASU47さん、ご賛同、ありがとうございます^_^;;

『魔笛』と『後宮』の比較は、まさにおっしゃるとおりだと思います。理屈の多いメルヘン劇『魔笛』より、シンプルな救出劇の『後宮』のほうが格段に楽しいし、音楽的にも充実していると思います。
シュトゥットガルトのプロダクションは残念ながら未見です。ノイエンフェルスのやつですよね?そんなにいいんだったら、今度探してみようと思います。

投稿: Orfeo | 2006/04/15 10:07

Orfeoさん、コメントありがとうございました。
リンクの件ですが、是非よろしくお願いいたします。こちらこそ、リンクをさせて頂こうと思うのですが、よろしいでしょうか?
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 新右衛門 | 2006/04/15 11:24


新右衛門さん、こんにちは。
ご快諾、ありがとうございます。
早速お気に入りに追加させていただきました。
もちろん、こちら側もOKです・・・というか、ありがたいです。
どうぞ、今後ともよろしくお願いします。

投稿: Orfeo | 2006/04/15 12:41

Orfeoさん、
そう、シュトゥットガルトの『後宮』はノイエンフェルスの演出です。評価は割れるでしょうね。「いい」というよりは「面白い!」という方が正確です。18世紀モーツァルトの世界は完全に破壊していますが、それでも、音楽が実に生き生きとしているです。やたらと足音がうるさいのですが、これも計算のうちなのでしょう。スピード感を促進しています。出演しているのは初めての歌手ばかりでしたが、歌唱、演技共にとても好感を持てました。

投稿: YASU47 | 2006/04/15 21:52


YASU47さん、ご紹介ありがとうございます。
なるほど、ノイエンフェルスらしい舞台みたいですね。
かなり興味が湧いてきました^_^;;

投稿: Orfeo | 2006/04/16 08:45

 《魔笛》か《後宮》か?…。
 ひょっとしたら晩年のカール・ベームもYASU47さんと Orfeoさんの意見に賛同したかもよ、そうは公言しなかったとしても…。
 1977年春、パリ国立歌劇場にまるまる3ヶ月間居続けでカール・ベームがまさにその《魔笛》と《後宮》を立て続けに振ったんです。圧倒的に良かったのが《後宮》の方で、これはもうベームの実演を聴けたうちでほんの一握りの最も素晴らしい演奏の一つに入ります。その他は、ミュンヒェンのゲッツ・フリードリヒ版《フィデリオ》、ザルツブルクではなくウィーンの《アリアドネ》、パリ管とのブルックナー8番くらいのもんかな…。当時僕らはベームの《後宮》 はDGGの録音しか知らなくて、あれは管弦楽がシュターツカペレ・ドレスデンなもんで重ったるいんだよ。それがもっと響きが薄くて軽快なパリ国立歌劇場管を得て、嘘みたいに愉悦感溢れる演奏になった。ウィーンから来た友人が、うーんやっぱしウィーンじゃ、ベームはなあなあでやっちゃうんだなあ…なんてやたら感心してましたが…、ところが《魔笛》になると…これがあまり良くないんですよ。どこか構えた余所行きの顔になっちゃって…。いつもの重厚なベーム大先生に戻っちゃって…。ああ、大先生でも《魔笛》となると構えちゃうんだなあ…なんて。実際、その後彼氏《後宮》ばっかりやってるんだよね。パリの直後にウィーンがあって、ミュンヒェンでもやっていたとは知らなかった…。

 実は、ノイエンフェルスというのはちょっと懐かしい名前なんです。フランクフルト市立劇場(芝居小屋の方)にノイエンフェルスありと唱われていたのが1970年代終わりから80年代初めにかけて…だから Orfeoさんのお友だちのパスカルなんかも多分身近に接したんじゃないかと思うんですが(当時市立劇場とオペラ座は同じ建物の中にあって楽屋は共用だった)、僕が初めて見たのは芝居の方ではなくオペラで、ブゾーニ《ファウスト博士》。1979か80だったと思います。初っ緒真っ黒な紙が舞台の間口全面を覆ってる。指揮者が一音を鳴らすと同時に、その中央上からナイフが突き出てきて、それがその紙を破っていく…という幕開きには度胆を抜かれたものなんです。その後、パリ国立歌劇場で、バスチーユが出来る前、旧歌劇場最後の新制作がこの人の演出によるヨーク・ヘラーの新作《師とマルグリート》の世界初演だったんです。ただ、この人は当時、オペラ演出を連発し始めたようなところがありまして、芝居の演出家がオペラを濫作し始めると、だいたいそいつは数年のうちに演劇部門では再起不能、もう使い物にならなくなりますから…、その辺りで彼を見限っちゃった。そのうちにモルチエがザルツブルクに起用したりして、ああ未だいるんだなあ…なんて思ってましたが、まだおりましたか!(笑)…。彼、未だ芝居の方は続けてますかねえ?…。当時のドイツでも東独のベルリナー・アンサンブル系でも、シャウビューネのペーター・シュタイン、グリューバー系にも属さない独自のスタイルを持った人だったけれどねえ…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/17 05:56


うんうん、ベーム大好き人間の私としては、さもありなんの話ですね。きのけんさん、貴重な証言、ありがとうございました^_^;;

ノイエンフェルスの話題は、最近は専らオペラ限定ですよね。私も話には聞くけれど、彼の芝居に接したことは一度もありません。この先も、芝居に関しては望み薄、かな?

投稿: Orfeo | 2006/04/17 14:31

きのけんさん、
なるほど。ベームのバイエルンでの1980年の映像盤はその頃の収録だったのですね。厚みのある音造りにもかかわらず音楽が息づいていたように思います。愉悦感までには至らなかったのはパリとミュンヘンの違いなのでしょうか?

投稿: YASU47 | 2006/04/17 23:14

YASU47さん:

 その違いを説明するのは結構難しいなあ…。実は同時期偶然にウィーンでも聴けたんですが、ウィーンの方は管弦楽が透明にビシっと決まってて、なーるほどと思ったんですが、パリほどの緊張感…というんじゃないんだけれど、そう、ちょっとなあなあと言うか、手慣れた手兵みたいなウィーン・フィルに安心しきって、愉悦感が出るべきところ、ちょっとダレちゃった感じ。その違いかなあ?…。それから、そこがフランスの管弦楽の独自なところなんですが、パリの国立歌劇場管というのは必ずほんの僅かニゴリが混じるの。あれが上手く出るとすごくいいんですよね。それをものの見事に出せたのが《後宮》でのベームと、もう一人は驚くなかれ、マゼール。まあ、マゼールの時は演目が《ペレアス》だったから…。
 いづれにせよ、パリでは《後宮》があんなに楽しいオペラだとは知らなくて、大満足でした。その思い出のためにいちおうキャストも書いておこう。クリスティアーヌ・エダ=ピエール(コンスタンツェ)、スチュアート・バロウズ(ベルモンテ)、クルト・モル(オスミン)、ノルベルト・オルト(ペドリーヨ)、ダニエル・ペリエ(ブロントヒェン)、息子カールハインツ・ベーム(セリム)、演出ギュンター・レンネルト。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/18 19:36

きのけんさん
お話、とても興味深く聞かせていただいています。そういえば、その時代、私は北アフリカで工場建設の仕事に携わっており、休暇で1979年の1月後半から2月の初めにかけてパリに滞在していました。毎晩、サル・ガボー、サル・ロワイヤル、シャンゼリゼ劇場、パレ・コングレ(ショルティ・パリ管によるブラームス)、スポーツセンター(20世紀バレー団によるストラヴィンスキー)等のコンサート会場を巡り、オペラ座(ガルニエ宮)では「白鳥の湖」を観ました。その頃は未だオペラの面白さを知らない時代だったのですが『後宮』に出会う機会を逸したのは残念です。

きのけんさんの書かれた『後宮』のキャストで名前を知っているのはクルト・モルくらいです(クライバーのウィーン盤とカラヤンのザルツブルグ盤でのオックス男爵でお馴染みです)。その時代、演出はやはりバイエルン盤のようにオーソドックスだったのでしょうね。

投稿: YASU47 | 2006/04/18 22:37

> YASU47さん:

 へーえ!まかり間違ってたらアルジェリアで出遭ってたかもね…。まあ、僕の方が数年先でしたが…。パリの伊藤忠から頼まれて通訳で1年ばかり行くことになってたんです。ところが、Orfeoさんのお隣町の久留米市から来ていた友人がえらく金に困ってたもんで、そいつに回してあげて、僕は行かなかったんです。
 上のコメントに出てくるショルティ指揮パリ管ブラームスには僕も行ってます!ひょっとしたらどっかですれ違ったかもね。あのホールで僕の行く席というのはいつも決まってて、最前列横端の2列と最後列1列全部が当日売りで出るんです(当時5フランだったかな?…)。その最前列にいつもいました。これが売り出されるのが開演2時間前で、大抵は、あすこからバスで10分くらいの元NATOの建物を使っているパリ大学経済学部の講師をしていたドミニク・メイエル(現シャンゼリゼ劇場総監督)と交代で並んで、その後一緒に学食でメシを食ってからコンサートに行くというパターンでした。
 そうでした。あの時は、やっぱりショルティというのはマーラーやR・シュトラウスの人なんで、ブラームスやブルックナーの人ではないなあ…と思ったのをよく憶えてます。…というのも、シャルル・ミュンシュとのディスクでも判る通り、パリ管というのが時としてブラームスでもの凄い演奏をするんだよね。ジュリーニの時、ヨッフム、ザンデルリンク、バレンボイムが何回か、ビシュコフ時代最上の演奏が一番だったし、エッシェンバッハの《ドイツ・レクイエム》(彼は休憩無しでシェーンベルクの《ワルシャワの生存者たち》とぶっ続けでやって、これも凄かったです)。その同年の夏バイロイトでエッシェンバッハにばったり会って、あれ、良かったなあって言ったら、パリ管のブラームスっていいねえ、なんてびっくりしてた。おおいオメエ、ミュンシュのブラームスも知らないでパリ管でブラームス振りやがったのかあ!…なんて(これはウソ)。
 そういや、僕のやったロレンス・フォスターのインタビュー↓が彼がパリ管で三番を振った翌朝やったものでした。ブラームスの話もたっぷり出てきます。

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/intv/intv_contents/intv_foster.html

 ↑を読み返していてふと思い出したんですけど、あのベーム版《後宮》の「愉悦感」に寄与するところがきわめて大きかったのが実は打楽器なんです。当時パリ国立歌劇場管の首席打楽器がシルヴィオ・グヮルダというフランスの現代音楽部門では屈指の天才的な太鼓だったんですよ。あの打楽器セクションがちょっとお祭りのお囃子みたいな感じになって、あれが楽しかった。なんでそんなこと憶えているかというと、なにせ独奏者として引っ張り凧の人だったから彼が出てない公演があるわけよ。そうすると音楽の雰囲気がガラっと変わっちゃうんだよね。そういうことってよくあって、数年後今度はクリストフ・フォン・ドホナーニが振った《影のない女》でもグヮルダが出ている時と出てない時じゃあ、リズム感が全然違っちゃうんだよね。正直、R・シュトラウスで打楽器がそれほど大きな役割を果たしているとは、そのグヮルダが出なかった回まで全然気が付かなかったんですが…。
 あっ、最後に上のキャスト中、ベルモンテのスチュアート・バロウズは僕が聴くことのできた最上のベルモンテ(ベーム)、最上のドン・オッタヴィオ(ショルティ)、最上のファウスト(《…の劫罰》小澤&バレンボイム)、最上のベルリオーズ《レクイエム》のテノール(バーンスタイン)でした。コーリン・デイヴィスのロンドン時代の録音に結構沢山参加してるでしょ。エダ=ピエールはこれと、メシアン《アシジの聖フランチェスコ》(小澤)が彼女一世一代の名演。ノーベルト・オルトは後にバイロイトでローエングリンかなんかやってなかったっけ?…。ダニエル・ペリエもすごく可愛かった。気さくな人で、僕らが仲間内でパーティーなんかやると、来てくれるのよ。そうだ!、そういうパーティーに一度だけ超弩級が来たぜ。パリ管の合奏団員で中学の音楽の先生をやってた女の子がいたんだけど、彼女がやったパーティーに、なんとカルロ=マリア・ジュリーニ大先生を誘ったら、本当に来ちゃったんですよ!。郊外の辺鄙な彼女の家まで。あの人って、パリ管に出る時は、2週間くらいずっとパリに滞在してるわけ。秒刻みで世界を飛び回ってる指揮者とは違うんだよね。ニコニコしてじゃあ行きましょう、なんて言ったけど、来るわけないよな、なんてタカをくくってたら本当に来ちゃったもんで、こちとら焦ったのなんのって!(笑)。ワインだって、そこいらのスーパーで買った安物しかなかったし…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/19 04:26

訂正:↑
「合奏団員」ではなくて「合唱団員」。「合奏団員」=楽員だったなら中学で音楽の先生なんかやる必要なし。そういや、彼女がジュリーニ気狂いで、ジュリーニの時だけロンドンのLSOの合唱隊にオーディションで応募して、あっちでも歌ってたなあ…。あれ以来気が狂っちゃったんだ(笑)。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/19 04:39


う~ん、『後宮』の太鼓隊は重要ですよね。ミンコも97年のザルツブルク音楽祭で『後宮』をモーツァルテウム管弦楽団とやったとき、太鼓隊のメンバーは何人かグルノーブルから連れて行っているみたいです。きのけんさんにはお話したことがありますが、その年の春先にミンコはグルノーブルで『後宮』の予行演習をやっていまして(演出=パスカル)、私もそれを聴きにいったのですが、そのときの太鼓隊のメンバーの顔がザルツブルクの映像でもひょっこり現れるんですよね。やっこさん、大活躍していますよ(笑)。

投稿: Orfeo | 2006/04/19 12:31

きのけんさん、
その久留米のご友人とは恐らくスキクダのサイトでご一緒していたのではと思います。

さて、当時のメモによるとショルティ/パリ管による演奏会は1979年2月8日だったようです。最初がブラームスの3番、続いてバルトークの「オーケストラのための協奏曲」でした。きのけんさんの座っていた後方の中段正面に私はいました。しかし、ベストな席にも拘らず、横に広い多目的ホールのため音が左右と後方に逃げ、天井の残響版だけではブラームスの多層的な音を捉えきれません。古いノートでは音響への不満とミュンシュ盤に比べた覇気の無さへの不満が書かれていました。一方、続くバルトークでは響きのみならず音色で聴かせる曲だけに、またショルティ母国の音楽ということで歯切れの良い管弦楽の妙を楽しむことが出来ました。

きのけんさんの貴重なご経験談は興味深く読ませていただいております。

投稿: YASU47 | 2006/04/19 22:10

>YASU47さん:

 残念ながら1日違い。僕が行ったのは2月9日でした。そうそう、僕はあの《オケ・コン》にもろに感心しましてねえ…。バルトークがアメリカで貧困に喘ぎながら故郷ハンガリーに思いを馳せているその郷愁とショルティのそれがものの見事に一体化して、僕はあれに涙が出るくらい感動しました。そうそう、僕はあれでショルティと仲直りしたんだよね。おおっ、あいつ意外といいとこあるじゃんって(笑)…。あまり良かったんで楽屋まで行ったのを憶えてます。あんなショルティはそれ以前も以後もただの一度も出遭ってないですねえ…。その後ショルティはパリ管でもう一度、コンセルトヘボウの客演でさらにもう一度《オケ・コン》をやってますが、あんな演奏は2度となかった…。
 おお!、当時の記録を調べていたら、同時期国立歌劇場で、まさにその《後宮…》をやってるじゃないですか!…。77年と78年がベームで、この時はチャールズ・マッケラス指揮、ヴァレリー・マスターソン(コンスタンツェ)、ライランド・デイヴィース(ベルモンテ)、クルト・モル(オスミン)、セリムがクリスタ・ルートヴィヒの旦那のポール=エミール・デイベルというキャストで、僕は1月30日のに行ってます。
 ヴァレリー・マスターソン!…なんて懐かしいですねえ。当時エクス音楽祭の常連で、エクスには毎年彼女一家揃ってキャンピング・カーで来てまして、フェスティヴァルが終わったら、そのままヴァカンスでプロヴァンスに一ヶ月間居残るんだ、なんて言ってた。
 おっ!、もしYASU47さんがこの時オペラ座に行っていたら、《後宮…》の他にすごいものをご覧になれたはづ!。ユリウス・ルデル指揮モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》。ジョン・ヴィッカーズ(ネローネ)、ギネス・ジョーンズ(ポッペア)、ニコライ・ギャウロフ(セネカ)、クリスタ・ルートヴィヒ(オッタヴィア)、ミシェル・セネシャル(ルカーノ)、リチャード・スティルウェル(オットーネ:カラヤンのペレアス)…。そして2月24日から《ルル》の三幕全曲版世界初演がスタート。ブーレーズ指揮、シェロー演出です。

投稿: きのけん | 2006/04/20 04:56

きのけんさん、
26年もの前のコンサートが甦ってきました。あの音、リズム、響き・・・。そう、あの晩のバルトークは素晴らしかったです。私にとってコンサートはそれほど頻繁ではないだけに、余計に印象に残る晩でした。
1月30日は家内とローマの街を歩いていました。今だったら『後宮』を選んだのに・・・。

『ルル』はテレサ・ストラータスのやつですね?DVDで見ましたが、音楽としても映像作品としてもちょっと辛いものがありました。

投稿: YASU47 | 2006/04/21 00:21

>YASU47さん:

 ああ、やっぱり前日も良かったですか!…。ほんと、僕はあのバルトークでショルティという人を根底から見直しちゃったんです。
 ショルティの実演というのは聴くコツというのがありまして、オペラの初演日とか何度か繰り返される同じプログラムの初日よりも、回を追う毎に尻上がりに良くなっていく人でした。普通最初の日は、レコード録音みたいに超厳密で精密機械みたいな演奏になるわけ。楽員もすごい緊張しててね。ところが日を追う毎に、その精密機械の中でも楽員たちがだんだん自由に振る舞えるようになってくるんだ。パリの大手を振る時はそうなってきた時がすごく良かったです。レコード録音みたいな構えたところがフッと抜け落ちて、すごく柔軟な音楽になるんです。だから、ショルティのレコード録音というのはあの人の実態をあまりよく伝えていないんじゃないかと?…。
 もう一つスゴイなと思ったのが、1980年の《フィガロの結婚》再演の時で、ロルフ・リバーマン総監督下の最後の公演ということで 1973年の初演時のキャストをそのまま揃えたんです。スザンナのミレッラ・フレーニだけはルチア・ポップに代わりましたが、アントニオに当時駆け出しだったクルト・モルとか…。ところがもうこの時点では伯爵夫人のグンドゥラ・ヤノヴィッツは引退直前で、この役を歌える状態じゃなかったわけ。おまけにショルティの解釈というのは第一幕を猛烈なスピードでぶっ飛ばし、第二幕冒頭の伯爵夫人のアリアの箇所まで来て、ガクンとテンポを落として、やたら大きく歌い上げるわけよ。ところがヤノヴィッツはもうそんなテンポじゃ歌えないわけ。ヤバイ!っと見ると、ショルティが指揮棒をかなぐり捨て、彼女の旋律線を支えるように素手で虚空にメロディー・ラインを描きつつ、どんどんテンポを上げていってヤンヴィッツを救っちゃったんだ!。それから第三幕スザンナとの二重唱。ヤノヴィッツの音程が半音くらい低いのよ。あっ、これじゃハモらないぞ!と思うや、ショルティがルチア・ポップに合図を送って、彼女の音程をほんの僅か下げさせた。それでハモっちゃったんだよねえ…。ちょうどその公演ではたまたまアヴァン・セーヌの一番下、つまりオケの真横のロージュにいたもんでそんなのが全部見えちゃってやたら面白かったんですが、うーん、すごい海千山千!、ショルティってのはやっぱしすごい奴だなあ!…と。

 あっ、それから僕の久留米の友人の名前を思い出しました。「ムツオ」君。ただ、彼がアルジェリアに行っていたのはその数年前のはづなんですが、その後行方不明になっちゃったから、また舞い戻っていたのかも知れません。そいつにスペイン人の彼女がいたら間違いなし。僕が語学学校へ通っていた時代、屋根裏部屋の隣に住んでた奴です。苗字は忘れちゃった…。
きのけん

投稿: きのけん | 2006/04/22 15:41

きのけんさん、
残念ながらムツオ君には覚えはありません。私が赴任した頃にはすでにサハラの奥地かパリの奥底に行方をくらましてしまったのでしょうね。

ショルティを実演で聴いたのはパリの一回だけなので、きのけんさんの目撃談を興味深く拝読。シカゴとの録音によるキレの良い音造りとは別の一面を持っているのですね。

投稿: YASU47 | 2006/04/23 21:50

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